ヒールの折れたシンデレラ
エレベーターを降りるとそこには白髪交じりの紳士が立っており、有無も言わさずにつれて行かれる。

そして一つのドアの前でノックをする。そこには『会長室』と書かれたプレートがあった。

紳士が“コンコン”とその重厚なドアをノックし「失礼します」と声をかけた。


「ど~ぞ」

と軽い返事が返ってきた事で千鶴の緊張が幾分かほぐれる。

「お連れしました」

と秘書の人が言って千鶴を中へと促した。

「し、失礼します」

足を踏み入れると、先ほどとけたと思った緊張がぶり返してくる。

「お呼びたてして申し訳ないわね」

そういってソファへ座るようにその女性に促された。

ほどなくして秘書の方が紅茶を持ってきてくれた。

「辞令みてくれたかしら?」

ちゃめっけたっぷりに言われて千鶴は自分と彼女との間におおきな温度差が感じられた。

「はい。でもどうして私が異動になるのか理解できません。今ここに呼ばれていることも」

千鶴がそう返した相手はこの葉山ホールディングスの会長、葉山和子(はやまかずこ)だ。

経理課の一社員の千鶴か和子と話すのはこれが初めてのこと。

それまで会長の話は噂でしか聞いたことがなかったが、その内容といえばどれもこれも破天荒そのものだ。

逆らうものは会社にいられないばかりか、今後の就職さえも危ぶまれると聞く。

政治経済界をも牛耳るといってもいい。人は彼女「魔女」と呼ぶ。……らしい。

目の前にいる白髪の品の良い女性からはそんな雰囲気など微塵も感じることができずに、覚悟していた千鶴は思わず拍子抜けしたというのが本当のところだ。

おかげで聞きたいことがすんなりと口にできた。
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