ヒールの折れたシンデレラ

経理課の自分のデスクに戻ると、理乃が心配そうな顔で近付いてきた。

「どこいってたの?顔色悪いけど大丈夫?そんなに異動が嫌なら部長に掛け合ってみたら?」

千鶴も普通の異動であればここまで、心をとりみだすことなどなかったはずだ。

理乃に相談すれば気持ちも軽くなるだろうけれど、それはできない。

「大丈夫。ちょっとおどろいているだけだから」

そういって、ぎこちない笑顔を見せる千鶴に理乃はまだ心配な顔をする。

もう一度笑顔をみせて心配する理乃を席に戻らせて、引き継ぎ作業をしながらデスクの片付けをした。

普通ならば一ヶ月、少なくとも二週間前には内示がでて引き継ぎをするのが普通なのだが、イレギュラーで一日しかない。

少しでも多くの内容を引き継がなくてはと千鶴は息巻く。

幸いなことに経理課ではどの仕事も担当者がひとりというふうにはしていなかったので、補足的な説明だけしてなんとか引き継ぎを終わらせた。

それでも無理なところは、千鶴が作っておいたマニュアルに詳細を書き加えることで対応することにした。

そこまで終わらせて時計をみると時刻はすでに二十時半。伸びをして五年間世話になったフロアをぐるっと見渡す。

さっきまで走りまわっていたこのフロアで仕事をするのは今日で最後だ。

少し感傷に浸りながら、デスクの片付けを終わらせ、残業していた課長に「お世話になりました」と挨拶をして、会社をあとにした。
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