不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
―――借り。
そういえばそんなことを昨日言われた。
そしてその言葉に、心当たりがないわけではなかった。
「……やっぱり貴方の方が馬鹿だわ。あんな非公式の、わたくしたちしかいない手合せの中、放った言葉など――忘れててもいいくらいなのに」
すると彼は豪快に笑った。
そして多分――自惚れでなければ、本当に愛おし気にわたくしを見つめた。
「……そうもいくまい。ひとりの騎士として俺は負けたんだ。だったらその中で放った言葉にも責任があるというもの。そして、―――好いた女との約束ならば尚のこと」
そう、5年前のあの日の手合せで、彼はわたくしに負けたのだ。
そして手合い中に彼が言った言葉。
『なあ、もし俺がこの手合いで一本取ったら、君に求婚させてくれないか』
冗談のようなその台詞は、やはりわたくしの一本で白紙に戻る。
『……貸し、ひとつね』
やはり同じく冗談のつもりで口にした。
けれど律儀にも彼は、この口約束を覚えていたらしい。
「君が好きな男と一緒になる手助けをする――これで君に綺麗に借りを返せるだろう。ちょうど、正反対だしな」
そしてアーネストは、わたくしの元に膝をついた。
驚いて身体をこわばらせると、彼は茶目っ気たっぷりにウインクをする。
「大丈夫だ、誰も見て無い」
「一体なにをなさるおつもりなの」
そんなわたくしの問いには答えず、彼はまるで王子には似つかわしくない、正式な騎士の礼を取った。その姿に目を瞠る。
そして彼は一礼の後、恭しくわたくしの――…姫の、手を取った。
「我、ラフィン=アーネスト=エリシアは貴殿、サラ=アウーラ=アリア様に今此処でもってかつての借りを返させて頂こう」
そして手の甲に優しく、キスを落とした。
「長らく借りを返さなかったこと、どうかお許し願いたい。しかしこれだけは真実です。わたくしは貴女様の幸せを心から願っている、と」
そしてわたくしを、王子ではなくかつて手合せをした騎士は見上げた。
わたくしの言葉を待つ真摯なその姿に息を呑み、次いで呆れたように笑ってしまった。
この素晴らしい方を振るのはもしかしたら実に惜しいことなのかもしれない。けれど、今はわたくしにできる精一杯の、礼を。
「……ありがとう」