不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
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わたくしは駆ける。
手には一輪のマーガレット。
編み込んだ髪が乱れるのも構わず、まるで幼児(おさなご)のように必死に。
式はあと少しで始まる予定だったけれど”ラフィン殿下”のお力でしばらくもたせてくれるという。
『彼に会って、それでもまだ俺を選んでくれる気になったら20分以内に帰ってきたまえ。それ以上は待てない。だが、君たちがもしすべてを投げて逃げるというのなら全力で手を貸そう』
……それは暗にエリシア王国でなら”ラフィン殿下”の庇護により安全に暮らせるということを言っていた。
(どれだけお人良しなの、貴方は)
呆れに似た笑みが浮かぶ。
こんなにもわたくしを想って送り出してくれたひとがいる。
殿下も、メイドのサーシャだってそうだ。それに一昨日、兄弟姉妹に挨拶に行った折、わたくしの気持ちを知っていた兄と2番目の姫である妹も心なしか心配そうな色を瞳に宿していたことを思い出す。
(結果がどうなろうと構わない、わたくしはこの気持ちになんらかの形でケリを付けなければいけないんだ……)
それが、ここまでしてくれた者へのせめてもの恩返しだと思われた。
遠く厩(うまや)が見えてくる。
見つからない道を通ってきたため少し遠回りになってしまったけれど、それでもやっと目的の場所が見えてきて、自然速度が上がる。
サーシャは「まだ」馬がいたと言っていた。いま言わなければ間に合わない、とも。
つまりすぐにでも彼はその馬で北へ戻るということだろう。
(あの少ない言葉の中でサーシャはここまでヒントをくれた。間に合うだろうか、間に合って……!)
そしてとうとう厩につく。
はっ、はあっ、と短く息をつく自分の呼吸音が耳近くで響く。
きっと髪はぐちゃぐちゃだし、汗で化粧だって滲んでしまっている。
でも、それでも急がなければ、本当にあのひとは行ってしまう。
「ディランーーーー!」
声が、千切れてしまうんじゃないか、そう思えるくらい必死なわたくしの声が厩に響く。
「どこにいるの!?お願いっ、返事をして……、ディラン!!!」
本来彼の馬がいるはずの場所は、わたくしがいま佇む場所だった。
そこにもう馬はいなかった。
それを認めたくなくて、走りすぎてガクガクするヒザを必死に押さえながら祈るように叫ぶ。
「お願いよ……っ!ディラン……!!!!」
また、駄目だった。
また、わたくしは間に合わなかった。
「ディラン……」
涙を堪えようとするのに、嗚咽が漏れる。
最初からこうなる運命だったのかもしれない。わたくしはもう彼には会えないようになっていたのかもしれない―――。
「……我が君?」
後ろからかけられた声に目を見開く。
2ヶ月、たった2ヶ月しか離れていなかったのに、あまりに懐かしくわたくしを呼ぶ、声。