不埒な騎士の口づけは蜜よりも甘く
本当のことを言うと
今の今まで、わたくしも迷っていた。
何もかもを捨てて彼を選んでもいいのだろうか。
今此処で彼を選んだら、いままで「姫」として培ってきたものの全てが喪われる。それどころか、わたくしはこの肩に背負い込んでいた民たちの期待や王、臣下全てを裏切ることになるのではないか。
……それでも、わたくしは。
わたくし自身の、サラ=アウーラ=アリア自身の、幸せを求めてもいいのだろうか。
姫として背負ってきた責任や義務と引き換えにして、一生消えない罪を背負う覚悟さえあるならば、あるいは。
顔を上げる。
頬には一筋の涙と、優美な「アリア王国の姫」としての最後の笑みを刻み付けて。
「まだよ、ディラン。もう少しだけわたくしに付き合って」
そして今まで握りしめていたせいで、へたってしまったピンク色のマーガレットに目を落とし……その花びらを無残にも千切っていく。
無言でわたくしを見るディラン。
その視線を受けながら、ある意図のために、大切なその花をわたくしは捨てた。
「……何を」
「いいですか、ディラン。『わたくしはまだ貴方の主です。』違いますか?」
「………は」
何を言い出すか、とでも言いたげに彼は口を開ける。わたくしはそれにすら気丈に微笑んで。
「『わたくしは貴方から花など一輪も受け取っていない』のです。だから、わたくしにはまだ貴方に『命令する権利がある』。そうですね?」
有無を言わせない、王女にしか出せない威厳。
伊達に歴史ある国に生まれて、その血を継いできたわけじゃない。
わたくしは、まだ、王女だ。
「……ですから、わたくしの騎士に命じます。王女として最後の命令です」
そして左手を恭しく貴方に差し出す。
「『わたくしの手を取りなさい、ディラン=オリビア』」
あなたの花は捨てた。前にもらったマーガレットだってとっくに枯れてしまった。正式な辞令だってまだ出していない。……『騎士である』あなたが『王女の』わたくしの命令に逆らえる理由はもう残っていない。
彼もそれに気付いたのだろう。
その瞳を瞠り、僅かな逡巡の後、わたくしの元に静かにひざまづいた。
呆れたような、でもどこか満足げな表情は、わたくしの大好きな表情そのものだった。
「……いいのですか、本当に。すべて、覚悟の上ですね?」
確認するように彼はわたくしを見上げる。
つまり、すべてを捨てる覚悟があるかということだ。
「あなたが、わたくしに命を預けてくれると言うのならもう何も望みません」
そう言うと、彼は愚問だとでも言うように笑った。
そしてわたくしの手を取る。
「貴女に、永遠の忠誠を誓いましょう……我が君」