偽装結婚の行方
喫茶コーナーで飲み物を買い、4人掛けのテーブル席を確保した後、俺は阿部に声を掛けてから尚美を離れた場所へ連れ出した。打ち合わせをするためだ。

阿部が怪訝そうにこっちを見てるから長話は出来ない。要点だけを手短に言わなければ……


「阿部には下手な嘘は通じないから、基本的には正直に言おうと思う」


そう切り出すと、尚美は神妙そうな顔でコクっと頷いた。


「ただし、希ちゃんの父親については誤魔化そうと思う」

「えっ?」

「知られたらまずいだろ?」

「はい。出来れば……」

「考えたんだけど、どこかの御曹司って事にしようよ?」

「御曹司、ですか?」

「そう。相手の親がわからず屋で君と息子の結婚を許してくれない。そうこうしている内に希ちゃんを妊娠し、君は仕方なく未婚のまま希ちゃんを産んだ。

君の父親は厳しい人で、その男の名前を言えと何度も君に迫っていた。最近はそれが激しくなり、もうすぐ御曹司は親の説得に成功するはずだが、もし君の父親が相手の家に怒鳴り込んだりしたら、まとまる話もまとまらないかもしれない。そこで君は藁をもすがる思いで俺に助けを求めた。

という筋書きでどうだろう?」

「は、はい。いいと思います」

「それと、なぜ俺なのかだけど、希ちゃんと俺の顔が似てるから、っていうのはナシな?」

「どうしてですか?」

「それを言うと、阿部が気付く可能性が高いと思うんだ。つまり、その……本当の相手が誰かって……」


俺がそれを言うと、尚美は目を見開いてハッとした顔をした。やはり相手は渡辺という部長なのだろう。


「そこでだ、なぜ俺かについては、君としてはとても不本意だと思うが……」


俺はとっさに考えた理由を尚美に告げた。それを聞いて尚美は嫌がるかと思ったが、驚きはしたものの嫌そうな顔はせず、いくぶん頬を赤らめ「わかりました」と言ってくれた。

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