月夜のメティエ
 飾らない焼き鳥屋の料理は美味しくて、あたしもビールをたくさん飲んだ。何杯だったんだろう。覚えていない。ふんわりと酔い気分で、気付けば時間が経っていた。

 14歳のあの頃、2人はイチオンで楽しく過ごした。大人になって焼き鳥屋。なんだか笑える。

 腕時計はしていない。スマホの時間を確認したあたしに、奏真が気付く。

「そろそろ時間?」

「時間に余裕持って駅に行こうかな。酔ってるしねえ」

 あれ、そういえば奏真も電車じゃなかったっけ?

「俺、別な店にちょっと顔出さないといけなくて。って言っても相田と飲みに来ちゃったから、予定よりだいぶ遅いんだけど」

「えっごめん! 言ってくれれば良いのに」

 約束あったこと、なんで言わないのよ。あたしと焼き鳥なんか食べて談笑してる場合じゃないでしょうに。

「良いんだよ。俺が誘ったんだし」

 店の入口では「満席で……」と店員が入ってくる客を断っている。さすが週末。切れ目無く人が来る。ここもうすぐ空きますよ。髪の毛もコートも、焼き鳥の匂いが付いちゃってるんだろうなぁ。消臭スプレーで取れるかしら。

「だからごめん、送れないんだけど……」

「良いよ大丈夫。子供じゃないいし」

 最終に間に合う時間だ。送らなくたって、あたしは自分で歩いて帰れる。ふらふらになって他人に介抱されたことなんか無いもの。大丈夫。

 会計を済ませて、一緒に店を出る。あたしは駅へ、奏真は別な店へ。
 あと1ヶ月くらいすれば、きっとこの街にも雪が降るだろう。だから今夜が寒いのも不思議はない。放っておけば、年も開けるんだし。

「冬だね」
「冬だな」

 あっちだから、と指さす方向は同じだったから、まだ少し一緒に居たいと思ってしまう心が後を引く。やっぱり、「ICHIRO」で別れていれば良かったかもしれない。
 飲屋街だから、余程の深夜でない限り、結構人が居る。最終電車へ間に合うようにみんな帰るからだ。

「俺が転校したのも、冬だったよ」
「そう、覚えてる」

 あたしの言葉に反応したのか、奏真は静かに立ち止まる。酔ってるのかな。

「覚えてるのか」
「……うん」

 そりゃ覚えてるよ。それは心の中で言うことにして。

「あの頃の俺は、どんなだった?」

「どうって……ピアノが巧くて、普通の男の子で」
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