月夜のメティエ
「……っと、次か」
電車内アナウンスを聞き、ひとりごとを言ってしまった。
自分の決心通り、定時で勢いよく帰ってきた。やることはやったし。明日やれることは今日やらない。今日だけは都合良く考えようっと。
小走りで駅に向かい、電車に乗った。学生や仕事帰りの人達でけっこう込み合う車内。時間は19時過ぎ。移動時間30分くらいで行くかなぁ。少し早かっただろうか。
夜のレッスンは20時までだと言っていた。電車から降りたら、メイク直しの為にトイレに行って、あとコンビニ寄ってなんか差し入れでも買って時間を……と思っていたら降りる駅に着いてしまった。
押し出されるようにして電車から降りる。この駅も利用者がけっこう多いんだな。
改札から出ると、並びにコンビニがあった。もう真っ暗になってる時間だったから、煌々と光るコンビニは目立つ。
あたしはコンビニで時間を潰す為に雑誌を立ち読みして、温かいお茶を2本買い、乳酸菌飲料も2本買った。そして外に出ると、歩いて行くうちに温かいお茶はきっと冷たくなってしまうことに気付いた。
10分ほど歩いただろうか。ビルに掲げられた「宮司音楽教室」という看板。ここだ……2階か。こぢんまりしたビルだけど、わりと綺麗だ。オフィスビル、なんだろうなきっと。エレベーターのところにも、音楽教室のポスターが貼ってある。こんな場所にあったんだなぁ。このあたりは何か用事でも無い限り、来ないようなところだ。駅前は開けているけど、ちょっと入ると住宅街。ということは子供がたくさんいるということ。
ポスターを読みながら考えごとをしていると、エレベーターから人が出てきた。細身で背の高い、金髪の青年。ああ、ギターね……いやわからないよ、ピアノかもしれない。違うな。ギターケース担いでるもの。
子供と、バンドマンが多いのかな、このあたりは。まぁうちから近いところではないけれど。
時間を見ると20:10。よしピッタリだ。……何が?
エレベーターを使うまででも無い。階段で行こう。あたしはエレベーターの横にある狭い階段まで来て、スマホを取り出す。
「あ、もしもし相田ですけど……いま下まで来てて」
奏真が2コールで電話に出た。レッスン終わってるよねたぶん。
「おお、ちょうど良かった。終わって生徒さん帰ったところだよ。そっち行くわ」
エレベーターの横に出るのかなこの階段。電話を切りながらのぼって、そして聞こえてくる足音に意識を向けた。きっとこれ、奏真だ。