Sweet Room~貴方との時間~【完結】
「ありがとう」
「部屋にあるものとか好きに使っていいですから。俺、ちょっとシャワー浴びてきます。そのあと、お昼食べましょう」
「うん」

 自分の部屋からバスルームへ消えた杉山を見届けてから、ソファに座った。
 何をしていればいのだろう。彼女でもなければ、用があって来たお客さんでもない。
 手持ち無沙汰にカバンからスマホを出した。画面には【着信1件】の文字。履歴を確認すると090から始まる11桁の番号が並んでいた。それは数ヶ月前に消去したアドレス。

 意外と忘れないものなのね、元彼の番号って。
 啓介はどんな思いで連絡してきたのだろう。私の知らない彼の感情を予測することはできなかった。今の私にはかけ直す勇気もない。画面を待受に戻して、スマホをしまった。

 結局、何もすることがなく、カバンの中にいつも入っている文庫を出す。別に読みたい気分でもないのに。
 ああ、これラブストーリーだった。話の内容、覚えてないや。しおりの意味ないし。頭に入ってくることない文字を追い、無意識に鼻歌を歌っていた。

「その鼻歌、なんですか? なんかCMとかで聞いたことあるような気がするんですけど」
 バスタオルで頭を拭きながら、杉山が隣に座った。

「ああ、ショパンの『雨だれ』。今、お菓子のCMで使っているかな」
「もしかして、チョコレートとクッキーのお菓子の?」
「そう、それ」
「好きなんですか? クラシック」
「うん。中学生くらいまで、ピアノ習ってたから」
「ピアノ弾けるんですか?」
「ちょっと弾けるだけ」
「へえ」

 バスタオルが揺れるたびに、アクアマリンの香りが微かにした。

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