狂妄のアイリス
「ゆっくり話したいんですけど、今日はもう帰らないと」


 名残惜しいけれど、このままここに残っているとボロが出そうだった。

 私がどうかしてしまったことを、一年前とは比べ物にならないぐらいどうかしてしまったことを、日向さんに知られたくない。


「そうだね。……俺はよくここにいるから」

「はい、またお会いしましょう。借りてたマフラーも、返しますね」


 一年前と変わらないピーコートを着た日向さんは、マフラーを巻いていない。


「長く借りっぱなしで、ごめんなさい」

「ううん、気にしないで。ありがとう。またね」


 またねの言葉に胸が温まる。

 私は頭を下げて、日向さんの前から立ち去ろうとする。

 でも、踵を返した瞬間に日向さんが私の背中に言った。


「朱音は――――俺の妹だよ」


 心臓を射抜かれた気がした。
< 71 / 187 >

この作品をシェア

pagetop