ラベンダーと星空の約束

 


 ◇◇◇


8月下旬、この夏も流星は現れないまま、ラベンダーの花穂は刈り取られ、出荷されてしまった。



目の前に広がっていた紫色の大地は、少しくすんだ葉の緑と、土の茶色の景色に変わる。



観光客が減り、急に暇な時間が増え、淋しさが募る。



富良野の夏は短い。

あっという間に、木々が赤や黄色に色付き始め…

そして今年も雪の季節が訪れた。



目の前には見渡す限りの白銀の世界。



夏には青々と木々を茂らせていた十勝岳山系も、緑成す広大な野菜畑や田圃も、


牧舎の鮮やかな赤い屋根や煉瓦色のサイロも、


ぽつりぽつりと点在する巨大なロールケーキ型の農業用倉庫も、


それから、紫色に揺れていたうちのラベンダー畑も……


今は何もかもが雪に覆われ、色彩感覚がおかしくなるくらいに、どこまでも真っ白な世界が広がっていた。





12月のもうすぐクリスマスと言う日の朝7時、

私はスキーウェアの様な除雪用完全防寒服に身を包み、マイナス15度の戸外へ出た。



寒い…と言うより痛い。

外気に晒される部分は目元周辺だけなのに、冷気が防寒着をすり抜け全身の肌を刺す。



睫毛には白く霜が付き、吐く息の水蒸気が、口元を覆うネックウォーマーを冷たく凍らせる。



今朝は珍しく凪(ナ)いでいた。

昨夜の雪嵐が嘘の様に、雪雲のない穏やかに晴れた空。



東の方を向くと、地平線から朝日が上り始めていた。



その新鮮な光りを浴び、風紋を残した雪原がキラキラと輝き、空が明るい水色に染められて行く。



今度は西の方向を見ると、富良野川から流れてきた川霧が薄く漂い、雪に覆われたラベンダーの丘が霞んで見えた。



風もなく随分と静かな朝の冷気は、凛と澄んでいて、静寂が耳に痛い。



手にした赤いスコップで玄関前の除雪をチョロチョロと始めた。



サクッと掬い上げドサッと山と積み上げて、ザザーッと押して道を作る。



後から起きてくる父がトラクターで一気に除雪してくれるから、別に私が今やる必要はないのだけど、

これもリハビリと言うか体を動かす手段と言うか。



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