落雁

「…何やってるの。貸して」

呆れたような顔をして、司が近付いてくる。
あたしが持っているタオルを奪って、顔から離す。

「こっち向いて」
「あー痛い!!」

いきなり顎を掴まれて、痛んだ肩に影響している首が悲鳴をあげた。

「痛いの?」
「右側が…いたい」
「そうだろうね」
「は??」

司が苦笑した。
血が伝った頬と目の上を拭かれる。

「僕、見てたよ。弥刀ちゃんの勇敢なところ」
「ええ?!」

ぐ、とタオルで額を押される。
傷はそんなに深くないから、痛みも無かった。

「僕、“スナックあきら”の2階に居たんだよね」
「な、なんで」
「しりたい?」

押さえてて、と司は一旦その場所を離れる。
戻った時には手に絆創膏を持っていた。

「なんでそんなとこに居たの?」
「知りたいの?」
「いや、別にいい」

あたしの手を退かして、絆創膏を貼る。

はい完成、と長い指で額を弾かれた。

「いったいな!!」
「あれ、痛そうな素振り見せなかったのに」
「でこぴんは無いだろ!!」

けらけらと司は笑った。

そうか。あの時“スナックあきら”に居たんだ。

きっと司には司の事情があるんだな。熟女好きとは知らなかった。

あそこの看板にはひどい目にあったけど、申し訳ないのは寧ろこっちの方だな。
スナックの看板は全壊してしまったし。

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