落雁

複雑な心境と空気の読めない誘拐犯




□ □ □



あたしはその澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
体の中の悪いものが全部、浄化されていくような気がする。勿論、気がするだけであって、それは単に思い込みなだけだけど。

「涼しいねー、弥刀ちゃん」
「芽瑠、これをね、寒いと言うんだよ」
「さすが芽瑠ー」
「違うの!それは知ってるの。ただね、バスの中が暑すぎたの」
「あー、たしかにねー」

額に汗を浮かべて、あたしの友人芽瑠は天使のように笑った。
今日も愛らしい笑顔だ。癒される。

しかも今日は、一緒に居るのは芽瑠だけじゃない。

「どこからまわる?13時までだって、自由時間」

しっかり者のマナちゃんが時計を見ながらそう言う。

芽瑠は背負っていたリュックから、その体に見合わない大きな地図を広げた。
マナちゃん、アミちゃんと一緒にきらきらとした瞳でその中を覗き込んでいる。

現在、あたし…いや、あたし達は遠足に来ている。

本来ならばそういった類のものは、まだ知らないもの同士の交流を深める為に4月5月に行うものだが、あたしの学校は冬に行う。
期末テストの直前、そういった時期だ。
テストの直前だと気も緩まないだろうと踏んだ教師の思考からだ。
それに、この季節にはもう仲のいい友達はたいてい決まっているので、教師が嫌う“ひとりぼっちの子がいる現
象”は避けられるわけだ。

今回来ているのは、古い町並みが有名な観光スポット。
学校からバスで1時間と丁度いい近さ。

もっとも、古い町並みが有名なだけじゃ高校生は喜ばない。

古道から少し離れたところには、屋台が所狭しと並んでいるのだ。
その地域の特産物、ありきたりなアイス、たこ焼き、オムそば。

遠足に来てまで食べるものではないが、やっぱり友達とくると新鮮さが違う。

「ねっ弥刀ちゃん、りんご飴たーべーよっ」

芽瑠の間の抜けた声がなんともかわいらしい。

「りんご飴かー!懐かしい」
「弥刀ちゃんもりんご飴とか食べる時代があったんだねー」
「どういう意味だ」
「あ、弥刀ちゃんは甘党だったね!意外に」

芽瑠はけらけらと笑う。
それにつられて、マナちゃんとアミちゃんも笑う。

この2人は、今回遠足を一緒に回ることになった班の子たちだ。
お互い2人組みで、班には4人必要だったから、くっついたのだ。
2人とも明るくて、仲良く接してくれるいい子たちだ。
遠足を機会に、いい友達ができる予感。

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