駅前ベーカリー
* * *

 目を合わせてくれなかったと思えば今度は真っすぐに目を合わせて、とびきりの笑顔を向けてくる。

(…逃げたと思われてもいい。あんな理真さんを目の前にして、何するか分からなかった…。)

 少しは期待してもいいのだろうか、とそんなことを岡田は思う。理真への自分の想いと、理真が自分に対して抱く想いの量にずれはあっても、想いの本質自体は違わないと思ってもいいのだろうか。
 仕事の時は強い、という印象だった。朝、あんなに疲れた様子で訪れ、時折溜め息を零して切なそうにする人にはまるで見えなかった。ベテランという感じこそしなかったが、それでも〝できる女〟という感じではあった。それはきっと、理真の努力の賜物なのだろう。

「岡田くん、パン足りてる?」
「あ、大丈夫です。この時間帯、お客さん少ないですし。」
「じゃあフロアは岡田くんに任せるから。私休憩してくる~。人来ちゃってさばききれなくなったら呼んで~。」
「はい。分かりました。」

(ある意味、一人になれてラッキーかもしれない。)

 理真はといえば頬を若干染めたまま、キャラメルマキアートを口に含んでいた。はぁと息を零したあとに口元が小さく『美味しい』と動いた。

「だから…そういうの結構前から可愛いって思ってたんだけど。」

 一人で食事に来て、とても綺麗に食べて帰る人だなというのが最初の岡田の中での理真の印象だった。しかし、それから少しずつ気になって理真を観察すると色々な表情が見えてきた。
 『いただきます』『ごちそうさま』を必ず言うこと。
 顔が険しいときは必ずブラックコーヒーを飲むこと。
 ブラックコーヒーはどうやら苦手だということ。(多分眠気覚まし)
 本当に疲れている(ように見える)ときは甘いものを飲むこと。

 よく見れば見るほどわかっていく理真の表情一つ一つに、少しずつ〝お客さん〟としての感情ではないものが生まれていくのを感じていた。だからこそ、あの日は幸運だったとしか言いようがない。

「ごちそうさまでした。キャラメルマキアート、とっても美味しかったです。」
「…よかったです。またサービスしますよ。」
「いえっ、そんな。それは申し訳ないです。私客ですし。」
「じゃあ…。」

(彼女だったら、いい、とか?)

 そこまで思って口をつぐんだ。さすがに今ここでそれを言うほど空気が読めないわけでもない。

(でもいつか、理真さんに。)
< 11 / 30 >

この作品をシェア

pagetop