駅前ベーカリー
冬とホットココア
 吐く息が白く染まる、そんな季節になった。雪こそ降らないが、クリスマスイブに相応しいほど冷え込むという予報は的中し、日直で出勤しなくてはならなかった理真は耳当てに手袋、そしてダウンコートという完全防備で自転車に乗っていた。駅前の駐輪場に停めて、駅ビルの中を少し見ようかなという気になって、そしてふと足を止めた。

(…待って、今日ってクリスマスイブ…どうりで…)

 いわゆる恋人繋ぎをして歩く高校生カップルに、腕を組んで歩く社会人カップル。普段はそれほど目につかないが、今日はここぞとばかりに目がいった。

(…そうよね、今日はそういう日。)

 恋人のいない理真にはとってはただの平日だが、誰か大切な人がいる人にとってはただの平日ではない今日という日の特殊性は、学校の中にいるときには気付かなかった。しかし、こうして人が多くいる場所を歩くと体感として理解させられる。

(せめてケーキくらいは買う…?でも1個買ったら逆に虚しい人みたい…?)

 コンビニだったら許されるものなのか、仕事も終わったし、ちょっとしたご褒美はほしい、そんなことを思った矢先だった。

「…理真さん?」

 声を掛けられて振り返ると、ネイビーのダッフルコートを着た岡田がそこにいた。手にはお菓子がたくさん入った大きめのビニール袋があり、理真の目は岡田の顔を確認したあと、そのビニール袋に向けられた。

「お、岡田さん…。」
「こんばんは。あ、これですか?」

 岡田は理真の視線の先にあるものに気付いたようだった。

「今日、サークルのクリスマスパーティーがあったんです。で、残ったお菓子は押し付けられちゃって…。自分で全部買ったとかじゃないですからね!念のため!」
「あっ、い、いえっ!そうだったんですね。いろんなお菓子入ってるからなんでかなぁって思ってじっと見ちゃいました。すみません!」
「…あ、あの、理真さんはお仕事帰りですか?」
「はい。今日は日直で。子供たちもいないから定時で帰って来たので何か美味しいものはないかなって思ったんですけど、意外と混んでてどうしようかなって思ってたところです。」

 クリスマスの話題にはあえて触れなかった。変に気を遣わせたくはないし、岡田がこの後彼女と会うなんてシーンを見せられたらさすがにちょっとショックかもしれない。早いところ退散した方が良い気すらしてきて、理真の目は泳ぎ始める。

「混んでなくて美味しいもの、ありますよ。」
「え?」
「…もし良ければ、なんですけど。」
「は、はい。」

 岡田がまっすぐに理真を見つめた。一度視線が外れて、右手の人差し指で頬を掻いたあと、岡田の視線は理真に戻ってきた。

「いつものベーカリーの期間限定冬メニュー、飲みませんか?」
「冬限定メニューですか?」

 秋はあんなに張り切って期間限定メニューをリサーチしていたのに、12月にかけての忙しさに忙殺されて最近のベーカリーの期間限定メニューまで追うことができないでいた。

「はい。もしお時間あれば。」
「時間は…あります。」
「…よかった。じゃあ、行きましょう?」
「は、はいっ!」

 駅からベーカリーまでの大したことのない距離をただ歩くだけ。それなのに隣に岡田がいるだけで少しいつもと違う道に思える。少しだけ右半身に緊張が走って、こんなことならメイクを直しておくんだったと理真は後悔した。
 ものの5分もしないうちに到着し、岡田が手慣れた様子でトレイとトングを持った。

「何食べます?クロワッサンは…まだありますよ。」
「え、あの、冬限定メニューは…?」
「冬限定メニューはホットココアです。甘さはそこまでじゃないので甘いパンを合わせても大丈夫だとは思いますけど、どうします?」
「えっと、あの、一緒に食べるんです…か?」
「できれば、…ご一緒させてください。」

 あまりにもまっすぐに言われたもので、理真の方が照れてしまう。きっと、岡田の言葉にそれ以上の意味はないのに。明らかに年上で、余裕があるはず側なのに。

「…わっ…わかりました。あっ、でもお支払いはします!絶対私がします!」
「社割がききますから、僕が払いますよ。誘ったのは僕ですし。遠慮せずに何でも乗せちゃってください。」

 岡田の笑顔に、理真の方はといえば言葉に詰まってしまった。年下の子にたくさん奢ってもらうのは社会人としていかがなものかと思い、理真はいつも通りのクロワッサンを一つ、トレイに乗せてもらった。

「これだけでいいんですか?」
「…ホットココアが今日の主役、なので。」
「それもそうですね。じゃあ僕もクロワッサンにします。」

 二人で全く同じものを注文し、席につく。席もいつも理真が利用する席が空いていたため、そこにした。しかしいつもと圧倒的に違うのは、目の前に岡田がいるということだ。
 ホットココアには控えめに生クリームが添えてあった。あまり普段は飲まないが、今日は特別冷える。こういう日に甘くて温かい飲み物はきっと沁みる。

「いただきます。…ご馳走になります。」
「はい。僕も、いただきます。」

 二人で手を合わせ、二人ともほぼ同時にホットココアに手が伸びた。このまま口をつけたらきっとクリームが口について、岡田に見せられない顔になってしまう。理真がどうしたものかと考えあぐねていると、岡田はそんなことはおかまいなしと言わんばかりにカップに口をつけた。

「あ。」

 ホイップの先端が岡田の鼻の頭にちょんとついている。そんな姿が可愛くて、理真は小さく吹き出した。

「え?」
「岡田さん、可愛いことになってます。」
「可愛いこと?」

 理真は自分の鼻の頭をツンと叩く。岡田もそれに合わせて同じ動きをすると、自分の鼻のホイップに気付いたようだ。

「わ!ついてました?」
「ついてました。これ、くるくるかき回してから飲んだ方がやっぱり良さそうですね。絶対白いひげになっちゃうなと思って、どうやったら綺麗に飲めるか考えてたんですよ。」
「…なんでじっと見つめて飲まないのかなって思ってたら、そういうことだったんですね。」
「さすがに顔にホイップつけたら恥ずかしいなって、先に危険を回避しちゃいました。」
「…僕だけ恥ずかしい人ですね。」
「可愛かったですよ。なんだか和みました。それに、ホットココアって美味しいですね。もっと甘いかと思ってましたけど、そこまで甘くなくて、ホイップ多めのところはちょっと甘いかなって感じで。…うん、美味しいです。」

 理真はホイップを沈めながら少しずつ口をつける。冷えた体に優しい、程よい甘さだった。いつも通りベーカリーで回復したら、きっと駅前で感じていたような妙な寂しさを考えずに帰れる。そんな気がした。
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