幻想
 ザ・タメ口。いや、むしろ童顔そうな鳩の目のような女は銀次と同年代なのかもしれない。
「ねえ、まずは自己紹介からじゃない」
 胡桃は言った。
「そうね、そうよね」と取り乱していた女は、「鳩葉です。『ウイング』のファンで、フウが生み出す音楽が好きです」と背筋をしっかりと伸ばし言った。
 鳩が名前に付くとは胡桃は思いもしなかった。なので、唖然。でも、気を取り直して鳩葉に訊いた。
「『ウイング』って、音楽の?消えた人よね?」
「そうです。出したアルバムは一曲だけ。雑誌登場回数一回。露出度は少なめです」
 鳩葉は記憶を辿るように、こめかみに人差し指をトントンと軽めに叩いていた。銀次が笑う。笑うというよりは吹き出した。
「ねえ、銀ちゃん」と胡桃は彼に問いかけ、「あなた、一体何者?」と頭を叩いた。
 イタっ、と頭を両手で押さえた銀次は、「銀ちゃんって、二人の距離が急接近した証拠と見ていいのかな。それによっては鳩葉さんに対する返答も違ってくるんだけど」と言った。
「お願いします」
 と鳩葉。
「そんなこと言われても」
 と胡桃は悩んだ。
「このモヤモヤをなんとかしたいんです」と鳩葉は胸を鷲掴みにした。
 それを見て、おお、と銀次が目を丸くし、「たいへんよくできました」と言った。
 銀次との距離?
 胡桃の思考は右往左往する。りょうもう号で出会い、なぜか隣の席で、なぜか微妙に気が合う。たしかに列車という普段とは違う場所で、普段とは違うシチュエーションというのは異性間の距離は急速に縮まりそうだ。しかし、これは恋なのか。ただ、寂しいだけではないのか。
「さあ、さあ」
 と銀次が急かす。
 めんどくさくなった胡桃は、「急接近中」と投げやりに言った。
「物わかりがいいですね」 
 という鳩葉の一言に、「あなたのためよ」と大人の対応を胡桃はした。
「ちょっと、お二人さん」と銀次が胡桃と鳩葉を交互に見やり、あたふたした。
「さあ、決着のときです」
 と鳩葉は小ぶりな目をぱちくりさせ言った。
「なんだかよくわからないけど、言っちゃいなさいよ」
 胡桃は銀次の頭を叩いた。
「わかった、わかったから。もう、叩かないでくれ。脳細胞が揺れる」と銀次は言い、息を整えた。「鳩葉さんの言う通り、フウさ。でも、それは終わったこと。始まりがあれば、終わりがあるんだ」
「あんたってそんな凄い人だったの?」
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