略奪ウエディング
このままではいけないということは分かってはいるのだけれど、怖くて課長に聞くことなんてできない。
どうしたらよいのか分からないままに時間だけが過ぎてきていた。

その時、ふと私の方を見た課長と目が合った。
あ…、と思った次の瞬間に視線を逸らされ私は俯いた。

何がそんなにいけなかったのだろう。
これまでの恋人と同じように私を煩わしく思ったのだろうか。
なりふり構わず誘う私はそんなに怖かったのだろうか。
私の悪い癖だ。好きになってしまうと相手の気持ちを考える余裕がなくなってしまう。

あと二週間で私は会社を辞める。
もともと、東条さんと結婚することが決まっていたからだ。
ここからいなくなればもう課長に会うことすらできなくなる。
今のままでは。

――帰り道。バスから降りて自宅への路地を歩く。
ふわふわと雪が舞い降りてきて、私の頬をかすめては落ちていく。

いつの間に降り出したのだろう。
私は足を止めて空を見上げた。

あの日も課長の顔を、舞い散る雪越しに見ていた。
キスを交わした後には言いようのない幸福感が私を包んでいた。

「…どうして…」

そう呟いた瞬間に耐え切れなくなり、その場にしゃがみこんで顔を覆った。
堪えていた涙が、堰を切って流れてきた。

「…う…っ」

いくら泣いても、何も変わらない。
あれから幾日も泣いたけれど涙は何一つ洗い流してはくれなかった。
だけど、恋しく思う気持ちの止め方を私は何も知らない。
ただ、震えながら、耐えるだけ。
こんな風にいなくなるのなら初めから幸せな時間を与えてほしくはなかった。
知らないままで憧れているだけならばこんなに悲しくはなかったはずなのに。





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