アイスブルー(ヒカリのずっと前)



蝉が鳴いている。
風鈴の丸い透明なガラスの中で、小さな粒が揺れている。


焦げ茶色の、艶のある板張りの床に頬をつけていると、心臓の音が聞こえる。

とく
とく
とく。


鈴音はごろりと身体を仰向けにして、艶のない天井を見上げた。



「殺した」



拓海の声が頭の中で繰り返し再生される。


鈴音は手のひらで顔を覆った。


「大丈夫」
鈴音は小さな声でつぶやいた。


業者に工事再開の電話をかける気にならない。
台所は配管がむき出しのまま、放っておかれている。


鈴音はジーンズのポケットから紙切れを取り出した。


「子供の命日」


祖母の字。
きれいな字。

鈴音のかわりに、祖母は子供の死を悼んでいた。


拓海の倒れていた仏壇の前でこの紙切れを見つけたとき、鈴音は息が止まるかと思った。
このまま息をしないで、死んでしまえたらいいのにとさえ思った。


紙を持つ手が震える。


「僕を殺したでしょ?」


拓海の声が聞こえる。


「そんな馬鹿な」
鈴音は声に出して言う。
「あり得ない」


それでも鈴音は指を追って数えた。


「高校一年の十月。それから十ヶ月、そして産まれて……」
眉間に皺を寄せて考える。


計算はあってる、気がする。


「そんな馬鹿な」
鈴音はもう一度声に出した。
自分に言い聞かせるように、何度も「あり得ない」と繰り返した。


あれから拓海は来なくなった。
鈴音は身体を起こして、庭の門扉を見る。


「来ない、よね」
たとえ拓海が来たとしても、普通に会話できると思えない。

「誰かの、悪質な、いたずら」
鈴音は考える。


当時、あっという間に噂になった。
近所の人たち、学校の同級生、全員に知られた。


鈴音はみんなが自分を見ている気がした。


哀れな罪人を見る目。
責め、とがめ、そして上辺だけの同情をみせる。
鈴音がここに帰って来たことを知った人が、嫌がらせをしているのかもしれない。


拓海の幼くてあどけない笑顔を思い出す。
照れて頬を膨らまし、顔を赤らめ、鈴音に笑いかける。
あの笑顔の中に、悪意が隠れていたのか。


「信じられない」
鈴音はつぶやく。


本心から信じられなかった。
光が見える不思議な話も、嫌がらせの布石だったとは思えない。


「ああ、もう」
鈴音は深く溜息をついた。


リセットしたくてここへ帰って来たけれど、結局逃げられないのだ。
余計深みにはまっている。


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