アイスブルー(ヒカリのずっと前)


風鈴が鳴る。
外を見ると、トンボが連なって飛んでいた。


「秋が近づいてる」
鈴音が再びほおづえをついて、つぶやいた。

「蝉はまだうるさいけどね」
拓海は最後の一口を飲み込むと、箸をおいて手を合わせた。
「ごちそうさま」

「早い」
鈴音は驚きの声をあげながら、食器の乗ったトレーを片付けはじめた。


台所の工事は無事終わった。
壁には食品衛生管理の表記が貼られている。


鈴音は流しで食器を洗う。
ふと壁のカレンダーを見た。

「いつのまにかお盆が終わってる」
鈴音は言った。


こうやって、いつのまにかすぎている。
本当は弔いたいと思っていたのに、日々の暮らしのなかで忘れていく。
祖母が仏壇で手を合わせているところを思いだした。


彼女は忘れなかった。


鈴音は洗い終わった食器をカゴにあげると、居間を通って仏壇の部屋に行った。
拓海が鈴音のあとに続こうと立ち上がる。


鈴音は少し振り返り「そこにいて」と言おうとしたが、少し考えて何も言わずに部屋に入った。


仏壇の扉をあけて、座布団に座る。
拓海は襖のところから、鈴音の背中を見つめている。


鈴音はろうそくをともし、線香に火をつけた。
香りが漂う。
静かに手を合わせた。


目を開けると、後ろから「なんで突然?」と声をかけられた。
鈴音は振り返り「お盆、何にもしなかったから」と言った。


「お盆、終わったよ」

「知ってる。だから、今してるの」

「仏壇に手をあわせるって、毎日のことでしょ? お墓参りじゃないの?」

「わたしは信心がないから、毎日できない。忘れちゃったりするの」
鈴音はそう言ってから、なんとなく気まずくなって拓海を見た。


拓海は特に気にした様子もなく
「お墓参りしたら?」と言った。

「そうね、しようかな」
鈴音はそう答える。

「一緒に行こうかな」
拓海が言った。

「え? 行くの?」

「だめ?」

「だめって訳じゃないけど、なんか……」

「僕はお墓に入ってないよ」
拓海が突然言った。


鈴音はおもわず「ちょっと!」と声をあげた。

「ああ、ゴメン」拓海は口を手で押さえた。


鈴音は何を考えているかわからない拓海の様子に、少し慌てているのを感じた。


拓海が鈴音の瞳を見る。
鈴音はきまずい気持ちになる。
視線をそらして、ろうそくの火を消した。

「鈴音さんは信じてないよね」
拓海が背中から声をかける。

「何を?」
鈴音は立ち上がりながら答えた。


心臓の鼓動が少し早まる。


「僕が生まれ変わってきたってこと」


鈴音は拓海の顔を見て
「信じられるわけがない」と答えた。

「だと思った」
拓海は口を尖らして、すねたような素振りを見せる。


< 112 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop