アイスブルー(ヒカリのずっと前)

十一



「宣伝のカードつくろう」
拓海が言った。


雨上がりの午後。
湿気た土の香りが、ただよっている。


鈴音は机にほおづえをついて、あぐらをかいて座る拓海を見ていた。
真っ黒で艶のある髪が、拓海の額にかかる。


手元のカメラで、机の上に並べられた食事を写真に収めた。


「おいしそう。はやく食べたい」
拓海は言いながら、再びシャッターを押した。

「写真撮り終わったらね」

「やった」
拓海は顔をあげ、笑顔を見せる。


拓海は続けて二、三枚写真をとったあと
「じゃあ、いただきます」と言って、箸を手にとった。


「もう終わり?」
鈴音は訊ねる。

「うん、うまくとれてるよ。見る?」
拓海はカメラを鈴音に手渡した。


料理本にのっているかのような写真。


「おいしそう」
鈴音は思わず口にした。

「でしょう?」
拓海はスープのボウルをもち、口をつけた。

「さっきお昼ご飯食べたばっかりなのに。よくはいるね」

「これは別腹」

「デザートが別腹なら聞いたことあるけど」

「じゃあ、これがデザートってことだ」

「ちゃんと食事一食分あるのに」
鈴音は笑った。


再び手元のカメラを見る。
ボタンを押して、写真をスライドさせた。
どれもうまくとれている。


鈴音はカメラをテーブルの上に置くと、
拓海に「カメラ、上手ね。好きなの?」と訊ねた。


「うん」
拓海は鶏のごま揚げをかじりながら頷いた。


「最初は、人の光が見たくって、持つようになったんだけど。今もかな? でも撮るのも好き」

「カメラマンになるの?」

拓海は箸の先をくわえて首を傾げ、しばらく考える。
「母親は、専門学校に行ったら? って言うんだけど」

「そうね、わかる気がする。好きなら勉強してみればいいじゃない」

「でもわかんない。本当にそこまで好きなのか。だって、目的は別にあるんだもん」

「じゃあ、占い師にでもなる?」

「あ! また言った! 占い師は嫌だよー」
拓海が頬を膨らました。

「占い師か。ランチに占いをくっつけたら、繁盛するかな」
鈴音が言うと、
拓海が「やだ」とそっぽを向いた。


その「やだ」という仕草が、どこか懐かしく、愛らしくて、鈴音は笑みを浮かべた。


あの日から、拓海は再び鈴音の家に通い始めた。
何事もなかったかのように。
特にあの出来事について話すこともなく。


それでも鈴音は以前とは異なる、穏やかな気持ちを拓海に抱いていた。
拓海の言葉を信じる訳ではなかったけれど、何かを彼と共有している、そんな気分だった。


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