アイスブルー(ヒカリのずっと前)
グラスを手渡すと、少年は一気に飲み干した。
頬に少し赤みが戻って来ている。
「やっぱり病院に言った方がいいんじゃないかな」
「いえ、きっと貧血か、低血糖かだと思うんで」
そういうと少年はお腹をさすった。
「お腹減った」
「お昼ご飯食べてないの?」
「食べました」
「?」
「でもなぜかお腹がぺこぺこで」
少年が恥ずかしそうに言った。
「何か食べる?」
「いえ」
少年は顔を赤らめて手を横に振った。
「そんな悪いですから」
「別に悪いってことはないけど」
鈴音はやっと落ち着いて少年を眺めた。
汗をびっしょりかいている。
文字通りシャツをしぼれるぐらい。
「これじゃ風邪をひいちゃうね」
鈴音が言った。
「大丈夫です」
「なんでも大丈夫なのね」
「はあ」
少年は小さく縮こまった。
「大きめのシャツとジャージがあるけど、着替える? 寝間着にしてるものだから、かっこよくはないけど」
「はあ」
「小柄だから、着られると思う」
鈴音は立ち上がって、祖母の部屋のタンスから衣類をとってきた。
「どうぞ。ここから廊下に出て、突き当たりが洗面所だから」
少年に手渡すと、戸惑いながらも受け取った。
「お昼のカレーが残ってるけど、食べる?」
少年は立ち上がりながら「カレー?」と目を輝かせた。
鈴音は思わず笑みがこぼれてしまった。
「好き?」
「はい」
「じゃあ、残り物で悪いけど、食べて行って。また倒れても大変だし」
「ありがとうございます」
少年はペコっと頭をさげると、着替えに出ていった。
鈴音は道路に放り出してあった、少年の鞄を拾って縁側に置く。
そして台所でカレーを温めはじめた。
「見知らぬ少年を家にあげて、着替えを貸して、カレーをごちそうする。軽卒すぎたかな?」
木べらでカレーをかき混ぜながら、鈴音は首をかしげる。
カレーのスパイシーな香りが立ち上る。
コンビニはうんざりだからと、今朝一番で材料を買いに行き作った。
出始めた夏野菜をたっぷり入れた。
トマト、なす、ピーマン。
ジャガイモをいれるかどうか迷ったが、結局やめた。
まろやかな味ではなく、夏らしいさわやかな辛みが欲しかったからだ。
古い電気釜からごはんをよそう。
小さなトレーにカレーと水のはいったグラス、スプーンをのせる。
部屋にもどると、少年は居心地が悪そうに畳の上に座っていた。
「ぴったりだったね」
鈴音は折り畳んであった座卓を出して来て、トレーをのせた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
少年はカレーを食べ始めた。
「濡れたシャツは?」
「あ、ここに」
少年の後ろに、丸めておいてあった。
「貸して。干しておこう。天気もいいからすぐ乾くんじゃない?」
鈴音は衣類をハンガーにかけ、庭先に出した。
「ありがとうございます。」
少年がまたペコっと頭を下げる。
「ごちそうさまでした」
「もう?」
鈴音はあっというまに空になったお皿に、びっくりした。
「おかわりあるよ」
「いいんですか?」
「一人きりなのに、大鍋にたくさん作っちゃって、困ってたところなの」
鈴音はお皿を手にとると、再びカレーをよそってきた。
少年はまた無言で、瞬く間に食べてしまう。
鈴音はその一生懸命さに、笑みがこぼれた。
「ごちそうさまでした」
少年は一息つくと、恥ずかしそうに目をそらした。
「もういい?」
「はい、大丈夫です」
「本当に病院にはいかない?」
「いきません」
「じゃあ、親御さんにわたしから一度連絡しておこうか」
「いえ」
少年は首を振る。
「たいしたことないから」
「そう? 倒れるなんてこと、あんまりないことなんだから、気をつけたほうがいいと思うけど。わたしの父も急に倒れて、今は半身が動かないのよ」
「そうなんですか?」
「だから心配で」
「大丈夫です。あの、もう一度倒れたら、病院に行きますから」
少年が言った。