アイスブルー(ヒカリのずっと前)



見えているものが、本当のことなのかわからない。


仕事へ出かける支度をする母親の背中を見ながら、拓海はぼんやりと考えていた。


鈴音といると、いろんなものが見える。
自分がなんだか怖かった。


今までは、他人の光がカメラを通して見えるだけだった。
けれど鈴音の光を見るようになってから、まるで夢をみるように映像が見える。
自分の目は現実の世界を見ているのに、まったく別のところで違う世界を見る。


「あれはおばあさんかな?」
拓海は映像を思い返して、そうつぶやいた。


以前夢に出て来た母親らしき人と、祖母らしき人があの家の居間で言い争っていた。
いままで声が聞こえたことはないけれど、今回は何を言っているのかわかった。
聞こえたというよりは、わかったというほうがあたっている。


母親は取り乱していた。
鈴音に似ている。
でも鈴音よりもずっと、きつい感じがした。
それは怒っていたからかもしれない。


祖母は冷静だった。
鈴音と母親に似ていたけれど、ずっと穏やかで静かな人のようだ。
白髪の髪をきれいに後ろにまとめていて、エプロンをつけていた。
清潔そうな白いブラウスに、手編みらしき焦げ茶いろのニット。


「お前は、あの子の母親というだけだよ」
祖母が穏やかに言う。

「そうよ、母親。だから間違いは正さなくちゃいけないでしょう」
母親は目を吊り上げて言い張る。

「あの子の人生はあの子のもの」

「わかってるわ、そんなこと。でもあの子は間違いを犯したのよ」

「間違いかどうかは、周りが決めることじゃないよ。あの子が決めるの」
祖母が言った。

「だって……」
涙を滲ませた目で、母親は言い返そうとした。



祖母が言った。




「母親は、子供に命を分けてあげるだけ。」



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