アイスブルー(ヒカリのずっと前)


この部屋にはすでに、夜が訪れていた。


鈴音は棚からマッチを出して、ろうそくに火をつける。


オレンジ色の明かりが、拓海の顔を照らした。


いつもと違う表情に見える。
ずっと大人びていて、別人を見ているようだった。

拓海は揺れるろうそくを、静かに見つめている。
瞳の中には、その明かりが揺れていて、とてもきれいだった。


拓海は鈴音の視線に気づいて、目をあげる。
そしてはにかんだような笑みを浮かべた。


「手作りのケーキなんて、初めて」
拓海が言った。

「お母さんは作らない?」

「はい。忙しいから」
拓海は言った。

「じゃあ、家族で祝うときは、何を食べるの?」

「なんだろう」
拓海は首を傾げる。
「母親のごはんを食べて、結城としゃべって。あんまりいつもと変わらないかな。」

「お父さんは?」

「いません」

「そう」
鈴音はどう言っていいかわからず口ごもった。


拓海はそんな鈴音の様子を見て、優しい笑みを浮かべる。


「母は、十六で僕を妊娠したんです。」

「え?」
鈴音は思わず息をのむ。

「周りは反対したけど、母は僕を産んでくれた。母の両親とは断絶状態で、僕はこれまで数えるほどしか会ったことないんです」

「そう」
鈴音は目の前の大人びた少年を見つめ、無意識に両手を握りしめた。

「父親が誰かは知りません。でもいいんです。そんなこと。母が産んでくれて、だから今僕は生きてる。それだけで、本当に幸せで満足です」

「幸せ……」
鈴音はつぶやいた。

「はい」
拓海はそう言ってから、不思議そうな顔をして鈴音を見つめた。


鈴音は何かを見られているような、そんな不安な気持ちになって目をそらした。


「消してもいい?」
拓海が少し首を傾げて、鈴音を覗き込む。

「どうぞ」
鈴音はぎこちない笑みを浮かべ答えた。


拓海がろうそくを吹き消すと、大人びた少年の姿は闇に消えていった。


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