始まりは恋の後始末 ~君が好きだから嘘をつく side story~
「よかったら今日の夜、飲みに行きませんか?」

キラキラした瞳で可愛い笑顔を見せながら、彼のことしか見えないかのように誘い文句を投げかけている彼女は確か・・・経理課の・・誰だっけ?
朝っぱらから営業部の入り口前でよくやるな~。廊下を歩いていて前に見えてきた光景に足を止めて眺める。まあ何度も見てきた光景だけど、出勤してすぐ目にする方としては呆れてしまう。
いろんな子が誘っては断られて、それでもまた違う子が誘っている。中にはめげずに何度も誘い続ける子もいるらしい。そんな噂はいくらでも耳にする。
なのに澤田隼人は断り続ける。

「ごめんね、会社出たら何時になるかわからないから」

確かに営業職は帰社時間は予定がたたない。そんな彼に断られて素直に諦める子もいれば諦めない子もいる。
『何時まででも待ちます』そう返す子もいたけど、あっさり『ごめんね』と営業スマイルでかわされてしまう。
それでも誘い続ける女の子が絶えないのだから、女って強い生き物なんだと思う。
澤田くんが彼女を作らないものだから、みんな我こそはと彼を手に入れたがる。

みんなは知らないから・・・澤田隼人は柚原楓に、長い長い片思いをしていたってこと。

まあ・・それは知らなくていいことだけど、彼はみんなが思っているような男じゃない。私だって騙されていた。
顔も良くて、スタイルも良くて、仕事もできて男としてかなりの優良物件。だけど裏の顔もあったりする。
実際酔った勢いで私とも・・寝ているわけだし、人のことを面白可笑しくからかったりする。ああやって誘いを断っているけど、実際はどうなんだろう?
最初はスマートな男だと思っていたけど・・どれが本当の澤田隼人か分からなくなっている。
そんなことを想像していたら何だかムカムカしてした。
ムカムカ?いや・・ムカムカじゃないよね、人の色恋沙汰なんだから。ただ入り口前をふさぐ2人に『ちょっとごめんね』と避けながら通り抜けることが面倒なだけ。
いつもなら『はいはい』と遠慮なく割って入って行けたのに、今日は何だか立ち止まったまま見てしまう。
何か・・何か変な感じ。小さくため息をついた時、

「おはようございます」

すぐ後ろから声をかけられてビクッとした。振り返ると笑顔を見せる山中くん。

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