ラストバージン
「あ、マスターに連絡しないと……」


ようやく涙が止まった頃、振り子時計に視線を遣った後にハッとした榛名さんに、首を僅かに傾げて瞬きを返した。


「僕がどうしてあのタイミングでここに来たのか、不思議だと思わない?」


すると、彼が微笑を浮かべた。


「まさか……」

「結木さんと連絡が取れなかったから、マスターに君がここに来たら連絡をくれるように頼んでおいたんだ」


榛名さんは、私の予想とほぼ変わらない事実を口にしながらスマホを取り出し、マスターに電話を掛けた。
「もう大丈夫です」と「すみません」、それから「ありがとうございます」と順番に口にした彼を前に、唖然としてしまう。


すると、電話を済ませた榛名さんが眉を寄せた。


「言っておくけど、僕をフェードアウトした結木さんのせいだよ。家まで行きたいところだったのを、これでも譲歩したんだから」


何故か得意気に言われて、何とも言えない気持ちになってしまった。


確かに、原因の大半は私にあるのは重々わかっているし、それに関して言い訳をするつもりもない。
ただ、マスターに迷惑を掛けるくらいなら家で待ち伏せされた方が良かったと、思わず小さなため息が漏れてしまった。

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