ラストバージン
「今日、臨時休業だったんだって」

「そうだったんだ」


ドアの方に視線を遣った榛名さんに、苦笑を向ける。


「うん。マスターとはたまたま駅前で会ってここに誘われたんだけど、きっとマスターは最初から榛名さんに連絡するつもりだったんだね」

「そうかもしれない。だって、何としてでも結木さんに会いたかったから、最近は特に通い詰めていたし」

「そんなに?」

「二日に一回は来てたかな」


苦笑いした榛名さんは、ここ最近で一番の常連客だったのだろう。
マスターの策士振りに脱帽しつつ、その行動に納得が出来た。


「……あのさ、本当に私でいいの?」

「まだ信じられない?」

「そうじゃないけど……。ただ、過去は消せないから……」


困ったように眉を寄せた榛名さんに、自嘲気味な笑みを返す。


「そんなのわかってるよ。でも、僕はそんな過去を含めた今の君を好きなんだから、問題ないと思うんだけど」


すると、彼は満面の笑みであっけらかんと言って退け、私の手をそっと握った。


マスターが私達を見たら、きっとあの優しげな目尻に皺が刻まれるのだろう。
そんな事を考えた直後、背後で優しい鐘の音が響いた――。

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