みあげればソラ



「ヒロ先生、やっぱわかんねぇ〜」


「コウ、あきらめるのはまだ早いぞ! あぁ〜、ここだ、ここ。ここの掛け算が間違ってる。

だから答えがあわねぇんだ。

お前なぁ、6×7はいくつだ?」

「6×7=41」

「バカヤロウ、42だ」

「えぇ〜、ウソだろ?!」

「ウソなわけねぇだろ。お前が生まれる前からずっと、6×7は42だ。コウ、こうなったら九九まで戻るか」

「マジかぁ〜、まぁ、仕方ねぇなぁ〜

俺、小学校4年からこっち、まともに学校行ってねぇしな」


あれから5年。俺を取り巻く環境は随分と変わった。

美亜が突然いなくなり、由貴が大学に合格して家を出た。

国立大学には、僅か数千円で入れる学生寮がある。

勿論施設は古くて、規律は厳しいし、居心地はたいして良くは無い。

けれど、由貴は迷わず入寮を選んだ。

「ずっとここに居てもいいんだぜ」

そう言ったのは、実際のところ俺自身が取り残された気分になっちまったからだ。

雄一の手前、男の俺と二人でこの家に残る選択肢などある筈がなかった。


情けねぇ……、救ったつもりが救われてたのは俺だった、ってことか……


ガランとした家の中に一人残されて、俺は初めて自分の行く末を見極める決心がついたんだ。

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