少年アリス
あの日事故があったのは、夏休みのよく晴れた日だった。


まだ小学一年生だった僕は、いつものように朝の子供番組を見ていた。


その時、家の電話が鳴った。


その日お兄ちゃんは陸上の大会で家を出ていて、お父さんもいなくて、家には僕一人だった。

なので仕方なく電話には僕が出た。



「もしもし」

「もしもし、優?」



相手はお兄ちゃんだった。



「お父さんは?」

「会社にいっちゃった」



「そうか」と言って、お兄ちゃんはしばらく黙り込んだ。



「ねえ優、机の上にお兄ちゃんの弁当があるだろ?」



そう言われ、キッチンの机を見る。確かに、机の上には、僕のより一回り大きなお兄ちゃんのお弁当が置かれていた。



「悪いけど今から走って持ってきてくれないか? お兄ちゃん、駅で待ってるからさ」

「わかった」



急いで電話を切ると、お弁当を持って、中身が寄らないように両手で優しく抱えながら、僕は走った。


いつもの商店街を抜けて、駅前の交差点に差し掛かった時、お兄ちゃんの背中が見えた。


「お兄ちゃーん」



その時の僕は、お弁当を届ける事で頭がいっぱいで、お兄ちゃんの背中しか見えてなかったんだ。


だから、赤くなっていた信号にも、僕の右に迫ってきていたトラックにも、気がつかなかった。


振り返ったお兄ちゃんの顔が、凄く青ざめてた。まるでこの世の終わりを見たような顔だった。


クラクションが聞こえて、その後はよくわからない。 ブレーキの音がして、右を見たらトラックが目の前まで来ていた。


胸に強い衝撃を感じた。足は宙に浮いて、僕の体は後ろへ飛ばされる。




その瞬間、うるさかったセミの鳴き声も、お兄ちゃんの友達の叫び声も、アスファルトに転がる弁当箱の音も、回りの音という音が全て消えた。



お兄ちゃんの体とトラックがぶつかる、ドンッという鈍い音。
その音だけは、今でも鮮明に思い出せるほどはっきりと、聞こえた。



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