吐き出す愛


 ――有川くんと私の間に、愛情など生まれていない。

 だって……、有川くんには彼女がいるのだから。

 そう自分に言い聞かせるけど、どうしても彼が愛おしみながら触れてくるような錯覚に陥ってしまった。

 でも今更、そんなことに狼狽えることも出来ない。

 口を開けば気付いたばかりの気持ちが飛び出してしまいそうで、じっと黙って有川くんを見るしか出来なかった。

 そんな私に対して有川くんは、いつにない真剣な顔で見つめ返してくる。

 身体を通り越した、もっと胸の奥深く。形を成さない、けれどもちゃんと私の一部のその場所。

 自分でも見えないそこを、有川くんの色素の薄い瞳に覗かれている気がした。

 本当は、絶対に、彼には見せちゃいけない場所だけど。

 ……だって、私の本心なんて、有川くんが知っても何も意味がないでしょう?

 むしろ、知られちゃいけない。彼が知る必要なんてないよ。


「佳乃ちゃんってさ、」


 彼がもう一度、返事をしない私の名前を呼ぶ。


 “佳乃ちゃん”


 その呼び方、中学生の頃と変わらないね。

 有川くんの声で幾度も呼ばれて、すっかり聞き慣れた名前。

 変わっていないそれに、唐突に安心する。

 目の前の唇がゆっくりと開かれるのを見届けた。


「――俺のこと、好きになった?」


 安心で満たされた心が、一瞬でざわめいた。

 彼の問いかけが、どこか遠くで響く。
 何度も耳の中でこだまするけど私は答えない。


 答えては、いけない。

 実際は、最初から答えは決まっていたけど、答えてはいけなかったんだ。


 ……後戻りなど出来ないところに来てしまった今なら、余計に。


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