吐き出す愛






「何か佳乃、顔色悪いよ? 大丈夫?」

「……え?」


 今日の授業がすべて終わり、放課後の掃除の時間。

 教室の掃除をしていると、別の掃除場所から一足先に帰ってきた優子が私の顔をまじまじと見つめながらそう声をかけてきた。

 箒を握り締める手に、自然と力が入る。


「……全然、大丈夫だよ」

「そう? そのわりにはやけに、元気ないみたいに見えるけど……」


 疑うような優子の視線にひやひやする。
 微かな変化に気付いて心配してくれるのは嬉しいけれど、今は知られたくなかった。

 さっきの休み時間に見た光景が脳裏に焼き付いたままで、その受けた衝撃をずっと引きずっていることなんて……。


「今日寝不足だったから……。それでたぶん、顔色が悪く見えるんだよ。だから大丈夫。心配ありがとう」


 適当に嘘を吐いて誤魔化すように笑えば優子は案外素直に信じてくれて、気持ちを悟られなかったことにほっとした。

 優子が自席に向かう背中を見送り、集めてあったごみをちりとりで回収する。

 そして教室の前方にあるごみ箱に向かおうとしたとき、今一番見たくなかった人物を見つけてしまった。

 教卓のところで担任の先生と話している姿に、また胸が苦しくなる。


「有川。おまえな、せめて授業にはちゃんと出ろ。話によると、5時間目も6時間目もサボったそうじゃないか」

「……」


 先生が困り果てた様子で話す声が教室中に響き渡る。
 でも有川くんは開き直っているのか、それとも聞く耳を持たないのかして、何一つ言葉を発することはなかった。

 先生の言葉を聞く限り、どうやら午後からずっと授業をサボっていたことがバレて、それを説教されているところらしい。


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