「涙流れる時に」
PM 1:00 渋谷のホテル街


白昼にホテルに籠っていたのは、るみ子と恭平だった。

「寂しかったよ。」「ごめんね」

るみ子と恭平は逢えなかった時間を取り戻すかのように愛しあっていた。

「奥さんとした?」

「ねぇ・・・奥さんとどっちがいい?」るみ子は相変わらず、無邪気だった。

久々にるみ子ともこうして肌を合わせる。恭平はその最中はこの女の肌に没頭していた。

しかし、今回、旅先から帰ってきて少しだけ心変わりした。

「うっとうしさ」というか・・・付き合いが深まると「結婚」したくなってしまう女心に

そこまでの責任は負えない自分がいて。恭平はいつまでも、るみ子に対しては曖昧な態度を取ってしまう。

そして、百合の存在。

忘れられないくらいのいい女が心の中を支配していた。

愛妻・美弥をも脅かす百合の存在に恭平の心は揺れる。

「仕事・・・ちょっと忙しくなるんだ。」

「え? 逢えなくなるの?」

「うん・・・ちょっとの間だけどね」

そう言って恭平は、るみ子からフェードアウトするつもりなのか・・・

「そうなんだ・・・」そういうと、恭平の背中にしがみついた。

内心、るみ子は複雑だった。

「もしかして、百合?」百合は間違いなく実行していた。

50万という大金を使って依頼したんだから・・・でも・・・

「ごめん・・・今週も会えないんだ。」そっけないメール。

「そうなの・・・?」

恭平との距離は確実に離れていった。

「なんでこんなに逢えなくなったの・・・?」

るみ子はなぜか、無性に百合に逢いたくてたまらない。

「百合?今どこにいるの?」留守電に入れても百合は返事を返さない。

「どうしよう・・・」るみ子はこのまま百合がバッくれたらと思うと不安でいっぱいだった。

何度も連絡を入れてしまう・・・この女もある意味一緒だった。

それと時期を同じくして、

るみ子を不安にさせる女は別にもいた。

帰りが遅い夫を心配していた妻

恭平だけを見てきた女

美弥の存在を、るみ子はまだ知らない。

しかし、予期せぬ事態・・・と言うのはこのこと。

混沌とした男女の関係に大きな転機がおとずれた。

「沢田さんですか・・・」見知らぬ着信番号だったが、るみ子はその日、初めてその声を聞いた。

「牧村の妻です。」

心が凍るとはこういうことなのか、そして一瞬で血の気も引いた。

美弥は、るみ子の存在に気づいてしまった。

それは、本当にあっけなく、恭平は数回、るみ子からのメールを消していなかった。

「お世話になってます。」るみ子はそういうしかなく

「こちらこそ・・・」美弥はそう言うなり電話を切った。

「どうしよう・・・」

るみ子は、今までにないくらいに焦りを感じた。

恭平とも百合とも連絡が取れぬまま

この日から来るのは

美弥からの無言電話

仕事中は着信履歴が残っているし、陰湿で気持ちが悪かった。

「ちょっと・・・なんかしゃべりなさいよ。」

無言という、声なき反撃は、るみ子を追い詰めていった。

「怖い・・・」アパートの一室でビクビクと怯える、るみ子。もちろんたった一人で・・・

「助けて・・・」るみ子の心は叫び続けた。

電話はもとより、悪質なメールも美弥は送り出した。美弥は自分でも抑えられないくらいの行為を繰り返す。

「夫をかえして・・・」悲痛な叫びは美弥を一層、悪女に仕立てあげた。

「最近の美弥はなんかおかしい。」ある日、美弥の母親に言われて心配を隠せない恭平は会社を早退して自宅へと戻った。
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