ファインダーの向こう
 寿出版の最上階にあるカフェテリアから、今日はうっすらと富士山が見渡せた。どこまでも続く冬の青い空は沙樹の気持ちとは裏腹に爽快だった。


「そんな重い話じゃないからリラ~ックス。ほら、コーヒーでも飲んで」


「はい、いただきます」


 温かなコーヒーをひと口飲むと、不思議と気持ちが落ち着いた。


「沙樹ちゃんはブラック派なんだね。僕はいつもカフェラテ」


 そう言いながら波多野はたんまりと砂糖とミルクをいれコーヒーをかき混ぜた。


「あの、さっき言ってたこれ以上は危険って……」


「うん、“渡瀬会”が動き出してる」


「え……?」


 波多野はにこにこしているが、コーヒーをかき混ぜながら一瞬顔色を変えたのを、沙樹は見逃さなかった。


「渡瀬龍馬代議士って知ってる?」


「はい。政界の影の権力者って言われてる衆議院議員ですよね?」


 渡瀬龍馬は渡瀬商事の創業者で長年社長として在任していたが、今は会社を全て息子に委任し、政界で着実に力をつけている一人だ。国会でも発言力のある人物と注目されていて、沙樹も何度か新聞やテレビで見たことがあった。


「その息子の渡瀬光輝が取り仕切ってる会社も手広くやってて、卸売業商社としては今やトップクラス、渡瀬商事の息がかかってる組織を総称して“渡瀬会”って言ってるんだけど……」


 波多野がソーサーの上にティースプーンを置いて目線をあげると、その鋭い眼差しに沙樹は思わずごくりと喉を鳴らしてしまった。波多野の表情に先ほどまでの笑顔はない。


「輸出入の際にヤバイもんも行き来してるんじゃないかって、昔から黒い噂が絶えなくてね」


「それって……」


「ぶっ飛んじゃうおクスリね」


 何の躊躇いもなくサラリと出たその言葉に、沙樹は一瞬目を丸くさせた。
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