ファインダーの向こう
「こんな状況なのに、なにを笑っているのかな?」


 渡瀬に言われて初めて自分が笑っていたということに気がつくと、逢坂はぽつりと言った。


「だから約束は嫌いなんだ……」


 もしここで自分の命が絶たれることになれば、約束を果たすことができなくなる。そして自分の本当の気持ちも伝えられないまま―――。


「あいつ、怒るだろうな……」


「何をさっきからわけのわからないことを言ってるのかな……そういう兄さんの穏やかな顔、見てるとほんとにイラつくね」


「刺したきゃ刺せよ、ただし今度はここに命中させろ、無駄に痛いのはごめんだ」


 逢坂が自分の心臓を指差して言うと、渡瀬が小さく息を呑んだ。


「馬鹿にしてるね……そんな余裕な振りして、私が兄さんを殺せないとでも思ってるのかな……そういうところが昔から大嫌いだったんだよっ!」


「嫌いな割には兄さんって呼ぶんだな」


「う、うるさい! 黙れ!!」


 興奮が抑えられなくなった渡瀬は、怒りで震えながら手にしていたナイフをついに振り上げた。


 その時―――。


「待って!」


 凛とした声が雪降る夜闇に響き渡った。


 覚悟をしていた衝撃が胸に突き刺さらない。そしてこの場で聞こえるなんてありえない声がした気がして、逢坂は固く閉ざしていた瞳をゆっくり開けた―――。

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