ファインダーの向こう
「あ、倉野さん! みーっけ」


 沙樹が長椅子に座ってコーヒーを啜っていると、突然頭の上から降ってきた明るい声に、沙樹の癒しの時間はあまりにもあっけなく終わってしまった。


 沙樹が見上げると、編集部から追い出された新垣がにっこり笑って立っていた。


「倉野さん、今日は会社にいる日だったんですね。久しぶりです」


「そうだね、新垣君も元気でやってる?」


「はい、なんとか」


 最後に新垣に会ったのは去年の暮れだったことを思い出して、月日が過ぎる早さを実感した。


「あぁ~寒いですね! オレも何かあったかいの飲もうかな~。ついこの間まで夏だったと思ってたのに」


 新垣は独り言のように言いながら、自動販売機でココアを買ってそれを啜った。


「新垣君って今、どんな取材してるの?」


「え? 取材なんてそんな大それたもんじゃないですよー。倉野さん、叩き上げ社長の転落ホームレス生活って、この間テレビでやってたの観ました?」


「あ、うん。テレビでこの前ドキュメント特集やってたね……会社倒産の際に、自分の全財産を社員の生活費に当てて、自らホームレスになったっていう……」


「オレ、その人が偶然、隅田川の河川敷で釣りしてるとこ発見したんですよ! それで、なんとなく話こんじゃって……。あの社長さん、人生が転落しても、釣りしてる時はいい顔で笑うんですよねぇ。ああいう人を取材するのもいいかもしれないと思ったんですけど……」


 哀愁を漂わせた語尾に、先ほどの波多野とのやり取りが蘇った。


「そっか、波多野さんはあまりいい反応してくれなかったんだね」


「そぉなんですよ~! 時の人ばかり追う雑誌ってどう思います? たまには庶民じみた世知辛い世の中も現実として取り上げたほうが、世の中の共感を得られる気がするんですけどねぇ……波多野さんってミーハーだから、転落社長が釣りしてる写真なんて面白くない! って言われちゃったんです」


 そう言うと、新垣はがっくりと肩を落とした。
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