ファインダーの向こう
 気づくと新垣が惚けた顔をして自分を凝視している。沙樹はハッとして、慌てて笑顔を作った。


「ごめんね、なんか変に語っちゃった」


「い、いえ……倉野さんって、かっこいですね! そういう事、ちゃんとはっきり言えるなんて……尊敬しますよ」


 新垣は感心しながら飲み終わったココアの缶と、沙樹がとっくに飲み終わっているコーヒーの空き缶を一緒に捨てた。


「あのね、話変わるんだけど……」


「はい?」


 沙樹は面と向かって褒められたことがなんとなく気恥ずかしくて、なんでもいいから話題を変えようとした。


「逢坂さんって、会ったことある?」


「え……?」


 突然出てきたなんの脈絡もない名前に新垣が一瞬戸惑うような表情を見せたが、逢坂との記憶を思い出したかのように言った。


「あぁ、逢坂さんね、知ってますよ。同業だし? そういえば先月だったかな、六本木で偶然見かけたから話しかけたんですけど……神出鬼没というか、相変わらずぶっきらぼうな人でしたね。でも、話してる最中にターゲットの車が動いたとかなんとかで、すぐいなくなっちゃいましたけど」


「そうなんだ」


「普段は寡黙でクールな感じなんですよ、あんまり喋ってるとこも見たことないし……けど、ターゲットを追ってる時の逢坂さんって、まるで獲物を捉えた鷹の目みたいでちょっとゾクッとするかな」


 新垣が逢坂のことについて語るほど、沙樹は一体どんな人物なのだろうかと想像を膨らませた。けれど、けして人当たりの良さそうな人ではないことはわかる。


「カメラマンとしては、そんなに経験ないはずなんですけど……逢坂さんの経歴って誰に聞いてもわからないんですよね、三十路はいってるって噂だけど」


「私、今度―――」



 逢坂さんと一緒にネタを依頼されてるの―――。

 そう言おうとして、沙樹は口を噤んだ。なんとなくあまり余計なことは同業に言わない方がいいような気がしたのだ。


「あ、そうだ」


 沙樹が言いかけた言葉を不思議に思いながらも、新垣が突然思い出したように言った。


「波多野さんから、倉野さんを見つけたら呼んでくるように言われてたんだった!」


 この場所に新垣がわざわざ来た当初の目的はそれだったのかと、沙樹は腑に落ちた。


「わかった。ありがとう、じゃあまたね」


「はい」


 沙樹は気を引き締めて波多野のいる編集部に戻っていった―――。
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