ファインダーの向こう
 ルミと里浦のネタ撮りの絶好の機を目前にして、突如として沸き起こった迷いに自分は負けた。シャッターを結局押せなかったという事実に、沙樹は身の置き所がなくなった。


「すみません、助けていただいて」


 ようやく口からでた言葉は小さく震えていた。そんな沙樹を逢坂は冷たい目で見下ろす。


「どさくさに紛れてなにセクハラしてるんですかー、とかじゃないわけ?」


 逢坂は唇を噛み締めて俯く沙樹を、揶揄するようにクスリと笑って言った。
「そ、それは……最初はびっくりしましたけど、お互いの顔が里浦に割れないようにするには……あぁするしかなかったと思います」


「お前……なんか調子狂うな」


 逢坂は薄暗い中で煙草に火を点けて小さく笑うと、ため息混じりの吐息とともに煙を吐き出した。



 そこにもう何時間留まっていたかわからない。気がつけばいつの間にか始発の電車が走り出す時刻になっていた。


「またな」


 夜通し神経を張り巡らせていたせいか、沙樹の集中力が切れそうになってきた頃、逢坂が朝の静寂の中くるりと沙樹に背を向けた。朝だというのに世の中はまだ闇に包まれている。


「逢坂さん……私、諦めませんから」


 沙樹が向けられた背中に言葉を投げかける。すると、踏み出そうとした逢坂の足がぴたりと止まって、肩ごしに振り返った。


「お前、意外と往生際悪いな……でも嫌いじゃないぜ、そういうの」


「もう一度、あの二人を追いたいんです……ダメですか?」


 これで終わってしまっては、沙樹のプライドが許さなかった。無意識に拳を握り締めて逢坂を力強く見つめると、逢坂は食い下がる沙樹を横目で見据えた。


「さぁあな」


 しばらくして逢坂の口からでた言葉はそっけないものだったが、沙樹は一瞬、口角に笑みが浮かんだのを見た。そして、沙樹がもう一度声をかけようとした時には、すでに逢坂は闇の中を歩き出していた―――。
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