ファインダーの向こう
「逢坂さんが追ってるものってなんですか?」


「企業秘密」


「どうしても教えてもらえませんか?」


 沙樹が食い下がると、逢坂はレコーダーをポケットに収めて長椅子から立ち上がった。


「お前には関係ないからな、それにこういう商売はあまり同業にベラベラ喋るもんじゃないだろ」


 そう冷たく言い放たれると、沙樹の胸がチクリと痛んだ。


(関係ない……か)


「もう終電ないぞ? お前どうすんだ?」


「え……?」


 沙樹は腕の時計を確認すると、すでに終電の時刻は過ぎていた。


「あ、あの! 私、歩いてでも帰れ―――きゃ!」


 沙樹が慌てて椅子から立ち上がると、一瞬身体がよろけて空になったコーヒーの缶が手元から落ちて派手な音を立てる。


「おっと、なんだよ立ちくらみか?」


「っ!?」


 気がつくと、沙樹は逢坂の胸に寄りかかるような体勢でしがみつくようにしていた。そんな沙樹の身体を逢坂の腕が支えている。


「す、すみません!」


 逢坂の温もりがほんのり頬に伝って、沙樹は弾くように身を離した。再びあの夜のキスを思い出しそうになって、沙樹は首を振った。


(そうだ……私、逢坂さんと……)


「変なやつだな……顔赤いし」


「だって、逢坂さんが……ち、近い……から」


(な、ななななに言ってるの私!?)


 沙樹は長椅子の上に置いてある自分のバッグを取り上げると、その場を早々に後にしようとした。


 すると―――。


「お前、もしかして……あの時のキス、意識してるんだろ?」


「な……」


 真っ赤になっていることも忘れて、沙樹は逢坂に向き直ると、腕を組んでニヤリとする視線と目が合った。


「どうしてあの時、キスしたか……教えてやろうか?」


「い、いいです! あれは、言われなくてもわかってますから! じ、じゃあ失礼します!」


 沙樹はぺこりと頭を下げると、逢坂の視線から逃れるように駆け出した。


「やっぱり変な女……」


 逢坂はクスリと笑うと、ポケッとの中のレコーダーに手を忍ばせた。すると、徐々に逢坂の表情が陰っていく。


「まったく、面倒なことになりそうだな……」
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