ファインダーの向こう
「おい」


「は、はい!?」


 逢坂の声に沙樹はハッと我に返ると、反射的に背筋を伸ばした。


「お前の言う気になる部分ってのは、この雑音が入ってる里浦の会話のとこだな?」


「そうです」


「この音源、しばらく俺に預けられるか?」


 意外な言葉に沙樹は、何度も瞬きしてゆっくり頷いた。


「ノイズ周波数だけ拾い出してカットするソフトがある。もしかしたらそれで里浦の会話が拾い出せるかもしれないが……」


「そんなことができるんですか! すごい……」


 感心する沙樹とは裏腹に、逢坂の表情はどことなく浮かない。


「……なんとなく、里浦が神山になんて言ったのか予想はできるけどな。でも、お前は神山の知り合いなんだろ?」


「はい、小学生の時からの親友です。でも……仕事に私情は持ち込まないってもう決めたんです。最初から私がもっと気持ちを強く持ってれば、あんな失敗しなかった」


 すっかり冷め切った缶コーヒーを持つ手に目を落としながら沙樹が言うと、逢坂が小さくため息をついた。


「俺にこのレコーダーを預けるってことは、どんな現実も受け入れるって……そう思っていいんだな?」


「はい、私……なんとなくですけど、ルミはただ単に里浦と浮気をしているわけじゃないような気がしてならないんです。嫌な予感がするっていうか……」


 すると、不意に頭がふわっと温かくなった気がして沙樹は顔を上げた。


「お前のそういうまっすぐなところ……嫌いじゃない」


 すっと目を細めながら笑う逢坂の大きな手が、沙樹の頭を軽く撫でた。


「逢坂さん……」


 不思議な感じがした。逢坂と出会ったのはつい最近のはずだが、ずっと長い間知り合いのような感覚に陥った。


「あの、逢坂さん……」


「何だ?」


「今日、新垣君から聞きました。逢坂さんが追っている里浦が唯一の尻尾なんだって」


 沙樹がそう言うと、逢坂は途端に表情を曇らせた。逢坂にとっては聞かれたくないことなのは沙樹にもわかっていたが、どうしても逢坂の口から聞きたかった。
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