ファインダーの向こう
 初めて会った時も沙樹は、逢坂を闇のような人だと思った。


 会いた時に会えずに、どこで何をしているかわからない不思議な人。それが逢坂透という男だった。


「それで? 何かあったって顔してんな」


 逢坂はそう言って沙樹の隣に腰を下ろした。自分と同じようにコンクリートの壁に背中を預ける逢坂を横目で見て、まったく温もりが感じられない壁に切なさを感じた。


「……なんでもあり―――」


「俺に嘘つこうなんて、一億万年早いぞ」


「…………」


(きっと、私とさっき電話してた時から何か気づいてたんだ)


 逢坂の勘の鋭さは自分以上だ。そう思うと、沙樹は観念して口を開いた。


「ルミに会ってきました」


「……それで?」


「それで……絶交されたと思います」


 あの剣幕ではもう二度と自分には会ってはくれないだろう。沙樹は喪失感で抱えた膝に顔をうずめた。


「絶交? なんだそれ、死語だろ。それで、その腹いせに水でもぶっかけられたんだろ?」


「え……? どうしてそれを?」


 沙樹は慌てて頭に手をやると、あれから随分時間は経っているというのに少しまだ髪が濡れていた。


「なんで髪の毛がこんなクソ寒いのに湿ってるのか考えてたんだが、その話の流れでわかった」


(ほんと、勘が鋭いんだから……)


 逢坂が小さく噴き出すと、沙樹は一瞬ムッとしたがこんな状態を笑い飛ばしてくれた方が、かえって気が楽に思えた。


「私が書いた記事について詰問されて……訴えるって」


「お前が書いたって認めたのか?」


「いえ、それとなく誤魔化しましたけど」


 逢坂はすっと立ち上がると、ポケットに中から煙草を取り出して火を点けた。沙樹がゆらゆらと揺れる紫煙をぼんやり眺めていると、逢坂がふぅっと細く煙を吐き出して言った。


「そんなの、脅しに決まってるだろ。訴えられるとしたらあの女の方だ」


「それに、今夜のルミはなんだかいつもと様子が変だったというか……違和感があったんです」


「……へぇ、どんなふうに?」
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