ファインダーの向こう
第六章 ぬくもりの真意

Chapter1

 新宿の雑踏の中、沙樹はまだルミからかけられた水の湿り気を髪の毛に感じながら、マフラーに顔半分を埋めて歩いていた。


 すでに終電の終わった平日の新宿は、なんとなく週末より幾分か落ち着いて見えたが、相変わらず歌舞伎町の方は不夜城の明かりが煌々と瞬いていた。


「さむ……」


 思わずマフラーの中でつぶやいてしまうほど、今夜は冷え込んでいた。沙樹は逢坂から指定された廃屋ビルの屋上にやってくると一層寒さが身にしみた。約束の時間まであと一時間はある。沙樹は寒さが少しでもしのげる陰に身を縮こませてしゃがみこんだ。背中に冷たいコンクリートの感触がして、ルミが自分を睨んだ時の目を思い出した。


(……ルミはどこかおかしい)


 沙樹の第六感が疼く。確かに抱いた違和感はどう説明したらいいのか自分でもわからなかったが、直感で異変を感じた。そんなことにあれこれ考えを巡らせているうちに、徐々に睡魔が襲ってきた。


(寝ちゃだめ……もうすぐ、なんだから)


 写真は絶対に嘘をつかない。どんなに美しくても醜くても―――。


 頭の中で響いている言葉は誰のものだったか、その声は心地よくてひどく懐かしい。


 沙樹が夢心地で、微睡みの狭間を行ったり来たりしていると、不意に肩を強く揺すられた。


「おい、こんなところで寝たらお前、明日の朝には凍死してるぞ」


「え……」


 沙樹はその声にぼんやりした眼でゆっくり顔をあげた。夜の闇にうっすら浮かび上がって自分を見下ろすその影に、沙樹はハッと息を呑んで現実に戻った。


(ね、寝てた……!?)


 慌てて時刻を確認すると、いつの間にか一時間を過ぎていた。


「逢坂……さん?」

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