ファインダーの向こう
 こちらの反応を窺うような波多野の声に、逢坂は努めて冷静を装ったが意表をつかれてつい声をこぼしてしまった。電話口の向こうで、ニンマリと笑う波多野の顔が目に浮かんで逢坂は眉を顰めた。


「なんでそれを知ってるんだ」


『そりゃ~元マスコミの勘?』


「関係ないだろ、それ」


『倉野隆って言ったら、元写真家でジャーナリストとしてはそこそこ名が知れてたからね、この僕が知らないわけないでしょ、でもその娘がまさか沙樹ちゃんだったって知ったのは、彼女をうちで雇ってからなんだけどね~。逢坂にとっても縁のある人だから、これも運命かな~なんて』


「とにかく、あいつにこの手のネタ振るのもうやめてください」


『それを決めるのは僕だからねぇ、いくら友人の頼みでもこれは仕事だから……。じゃあ、また連絡するからさ』


 波多野は逢坂の話しを歯牙にもかけずに一方的に電話を切った。


「ったく……」


 前髪をかきあげて窓の外を見ると、闇色の虹彩に街の景色が映った。今日もよく晴れ渡っている。


 里浦を追うと断言したあの眼差しに、逢坂はかつての恩師の姿を重ねた。見れば見るほどよく似ている。展示会に行くまで気がつかなかったのは盲点だった。厄介な人間に出会ったと、時間が戻せるなら初めて会ったあのビルで待ち合わせを反故にしてやりたかった。


 これが運命の悪戯だとしたら、神というやつは相当底意地が悪い。


「くっそ……」


 倉野沙樹―――。


 脳裏で思い描けば描くほど、心の隙間に入ってくる。その奇妙な感情が逢坂を苛立たせた。
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