雨の日は、先生と
第12章 先生という人間

母の職場

帰ると、珍しくまだ母が家にいるようだった。
居間に電気が点いている。

そのまま二階に上がろうとした時だった。


「唯。」


「なに、お母さん。」


「ちょっと来な。」


母に呼ばれて居間に行くと、綺麗な水色のドレスを渡された。


「なに、これ。」


「着てみなよ。」


恐る恐る着てみる。

肩にかかるものは何もなくて、胸も大きく開いている。


「こんなっ、」


「似合うじゃん。」


はっとして母を見つめると、母は憂いのある表情で笑っていた。

でも、褒められたのがあまりにも久しぶりで、私は素直に嬉しかった。


「ここ、座りな。」


そう言って母がどいた鏡台の前に、座ってみる。

母は、引き出しからいろんな化粧道具を出して、私にお化粧を施し始めた。


「なんで?」


「行くのよ。」


「どこに?」


「決まってるじゃない。」


次第に私の化粧も、派手になっていく。
私じゃないみたいに、どんどん変わっていく。


母に聞くまでもない。
私も分かっていたんだ。


いつか、この日が来ると。

母と同じ世界に足を踏み入れる日が。

そうしないと、私たちは生きていけなくて。


ただ、まだ心の準備ができていなかったから、少しびっくりしただけ。


母が立ち上がると、鏡の中には私ではない別の誰かがいた。

それでいいんだ。


別の誰かになって、そうして。


すべてを忘れてしまえば楽になるんだ。




いつも見送っていた母に続いて、真っ暗になった街に出て行くとき。


私は一瞬だけ、先生と見上げた真っ暗な雨の空を思い出していた―――――
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