雨の日は、先生と
第9章 戻らない日々

母の彼氏

玄関に入って気付く。

知らない男物の靴が置いてある。



また、悪夢が始まるのだと思って、私は悲しみに呑みこまれた。



久しぶりに、浮かれたような母の高い声が廊下に響く。

それに混じって、低い声も。


「マエゾノさんー。」


母の甘えたような声が、さらに私を追い詰める。


「笹森さん、」


母を名字で呼ぶ男。
その声が、どことなく先生に似ていて、切なくなる。


「今、玄関で物音がしたんじゃないか?」


「あら、そう?」


「娘さん、帰ってきたんだろ。」


隠れようと思ったのに、真正面のドアが開いて逃げ場がなくなってしまった。

ドアの向こうから、思いがけないような男の人が現れる。

母にしてはめずらしく、少し年上くらいのサラリーマン風の男性だった。


「おかえりなさい。今、ちょっとお邪魔してるよ。」


「あ、ええ。」


「あれ、こんなに遅くまでどこに行っていたの?ずぶ濡れで、まったく。」


苦笑しながら私のためにバスタオルを探す彼。
その姿を見ながら、私は内心驚いていた。

母が連れてきた男の人は、いつも若くて、暴力を振るうような人ばかりだったから。


「はい、タオル。」


「あ、ありがとうございます。」


にこっと笑うマエゾノさん。
その表情に、知らずのうちに先生を重ねている自分がいた。



「お風呂入りな。風邪ひくから。」


「ええ。」



私は、親切で優しいマエゾノさんのことを、嫌いになるはずはなかった。

少なくともこの時は、この人が父親なら、なんて。

そんなことも思ったりした。


この日から、運命は私たちに牙をむきはじめるのだけれど―――
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