Holy-Kiss~我が愛しき真夜中の女神達へ~【吸血鬼伝説】
 





「……残月。
 生きておったのか……」

 空を飛んで谷を渡り。

 地面の中の坑道。

 じめじめしたトンネルのような日本軍陣地に、戻ると。

 老兵が一人。

 杖にすがって、俺を出迎えた。

「ジジイも死に損なったようだな」

「ジジイと呼ぶな。
 わしがジジイなら千年生きる貴様はミイラだ。
 敬意を持って、大槻(おおつき)軍医殿、と呼べと毎日言っておる。
 残月のために薬の調合をしたり、遮光の布地を調達してやった恩を一生忘れるでないぞ。
 貴様の、命の恩人サマだ」

「……俺を『残月』と呼ぶヤツに、あえて肩書きをつける気はない」

「貴様とは、ガキの頃から知り合いだがの。
 そうしょっちゅう仮の名前を変えられたら、覚えきれんわい。
 また、名前を変えてきたのだろう?
 昼間の戦いで戦死したのは、山田軍曹で。
 今、わしの目の前にいるのは、工藤 誠一郎(くどう せいいちろう)二等兵か?」

「……」

「確か『ハジ』は三日前に切れたはずだ。
 工藤二等兵は、見目のよい若者だったな。
 最後はやはり抱いたのか?
 ……貴様の腕の中で、どんな声で啼いて逝ったのか……と……おい、やめるんじゃ!」

 俺の中で、凶暴な何かが、はじけた。

 無言で、痩せさらばえた老兵の胸倉を掴み、高々と持ち上げて振る。

「……残月……残……月…!」

「……工藤を、これ以上、侮辱する事は、例えジジイでも、許さん」

 一言一言、噛んで含むように言葉を搾り出す。

 俺の言葉に。

 がくがくとうなずくジジイを放り出すように置いて、俺は、辺りを見回した。
 
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