夜に 泳ぐ
深夜の散歩
【夜に 泳ぐ】


ふわふわ ゆらゆら
目の前にはシフォン生地のワンピース
を、着た 君。


君がゆらゆら歩くたびに
その裾が目の前で揺れている。
ふわりふわり。
不規則に揺れるそれは薄く夜の黒に透けていて、揺蕩うようにひらひら流れて。
なんとなく、魚の尾ひれを思わせた。
熱帯魚みたいだ。なんて。
そんな事を思いながら、君の後ろを歩く。

まっくらな夜。
2人で、ただ歩いている。
ゆらゆら揺れる君の背中を見つめて、ただただひたすら
歩くだけ。
どうして、こんな事してるんだか。

『散歩に行こう』

たった一言だけのメールで、簡単に誘い出されるなんて。
我ながら笑ってしまう。
ほんとに、何してるんだか。

君はいつだって突然で、いつだって自分勝手。
時間なんか気にしないし、こっちの都合もまるで無視。
今だって。こんな深夜に呼び出しといて、来てくれてありがとうの一言もない。
…まあ、別にいいんだけど。


少し風が吹いて、君のスカートの裾をすくい上げた。
やっぱり魚の尾ひれだ、と思っていると
君がくるりと振り向いて、その裾も動きに合わせて広がった。
暗い中で、二つの目がこっちを見る。…反らせなくて目が合った。
「ねえ、今なに考えてる?」
意味があるような無いような、君からの問いかけ。


「…熱帯魚」
「は?意味わかんない」


うん。わかんないだろうね。

君は僅かに眉を寄せるけどそれ以上深くは聞いてこずに、またくるりと前を向いて「…どうでもいいけど」と言った。
そう。別にどうでもいい。
意味の無い問いかけと、伝わらない答え。それはつまり、どうでもいい会話。


「聞いたくせにどうでもいいとか言うなよ」
「じゃぁもっと分かるように説明してよ」
「面倒臭い」
「ほら、どうでもいいじゃんか」

…どっちもどっち。


たまに行われる深夜の散歩
呼び出されて、何をするでもなく歩きながら意味のない話をする。
君は決まって不機嫌で、いつも以上に無愛想で。
まあ、だからって機嫌をとるようなことはしないんだけれど。
一緒に、歩くだけ。


「ねえ」
「なに」
「今日って満月かな」
「…さあ?」


空を見上げると
丸いような、少し欠けているような、曖昧な月が光っていた。
それが満月かどうかなんて、本当にどっちでもいい話だ。

そのまま空を見ながら歩いていると、いつの間にか立ち止まっていた君にぶつかった。


「っわ、ごめん…?どうした?」
見下ろすと、君はゆるゆる首を振って「別に」と言う。
そしてまた歩き出す。…よくわからない。


ゆらゆら
不機嫌な君の背中。
揺れるワンピース。魚の尾ひれ。
曖昧な月と暗い夜。
2人の散歩。
不安定な会話。

ため息が、出た。

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