フラグ


舞「お兄ちゃん…うぅぅぅ……」



舞は、俺に抱きついたまま泣き出した、よっぽど心配だったんだろう。



家で倒れる前、俺は2日間くらい寝てない上に、田中が居なくなった事での精神的ショックで、入院して丸一日眠り続けた。



それが、舞に父親が亡くなった時の事を思い出させたのだろう。



俺も、まだ背の低い舞の背中に腕を回した。


俺「俺は大丈夫やから」


舞「うぅぅぅ………うん……」



俺は妹が舞で本当に良かったと思った。


俺「色々ありがとうな、舞」


舞「うぅぅぅ……んーん……早く…元気になって………」


俺「分かった…」


舞が、抱きついていた手を離した。



俺も、舞の背中に回していた腕を離して頭を撫でながら「佐知子が来るまで部屋で寝て来るわ」と言って自分の部屋のベッドに倒れこんだ。



舞には、そう言ったがやっぱり田中が居なくなったショックは、俺の中で相当大きい。



しかも田中が居なくなってから、田中への想いが雪だるま式に大きくなっている。



どうすれば良いのか分からない。



いや、どうしようもないのは分かっていたが、この気持ちをどうしたら良いのか分からない。



俺自身の力くらいでは、どうする事も出来ない。



無力。



そう、中学生という子供の無力感。



俺は、ベッドの上で独り自分の無力を恨んだ。



今までの人生で、こんなに悩んだ事も考えた事もなかった。



そんな事を考えてたら、佐知子が俺の部屋に入って来た。



佐知子は、いつも以上に元気に笑顔で俺に接して来てくれた。



だがその時の俺は、それに答えてやれないガキだった。



この田中の引っ越しの出来事以来、俺は心から楽しめなくなった。



何をしても上の空、そんな毎日になった。




春休みも終わり、中学三年生になった。



健太、花、佐知子とは、クラス替えがあったがまたバラバラのクラスだった。



そんな事も、この時の俺にはどうでも良かった。



昼食は、みんなで屋上では食べていたが、高校入試もあるのもあって俺たちはあまり学校以外では会わなくなった。



みんな高校は、近くの公立高校に行く予定だ。



全員受かれば、また3年間一緒にいれる。



もともと特に趣味もない俺は、入試の勉強を少しづつしていた。



少しでも他の事に集中していると、田中の事を考えなくて済むからだ。



そうでもしないと、特別何もない毎日と冷める事の無い田中への想いが俺の心を砕けさせる。



俺は、入試に向けて勉強した。



佐知子、健太、花、とは相変わらず屋上で昼休みを共にした。



充実感は、なかったが少しは元気になれた。



そんな毎日を過ごして時間だけが、あっという間過ぎて行き、高校入試がやって来た。



佐知子も健太も花も俺も、近くの公立高校に受かった。



みんなが受かった事は、嬉しかったが自分が高校に受かったのは、何とも思わなかった。



あのとき以来、自分自身でも変わったと思う。



何をしてても心から楽しめず、心から笑えない、早く言えばうわべだけの感情だ。



高校に入学しても、それは変わらず過ごして行く。



みんなとは、また同じクラスになる事もなかったが、佐知子と花だけが同じクラスになった。



俺は、新しい友達を作る事もなく、ただ毎日を惰力で生きていた。



高校には、中学のように屋上には行けなかったので、毎日の昼休も一人で弁当を食べた。



春から夏へ、夏から秋へ、高校に入っても何もなく毎日が風のように通り過ぎて行く。



俺は、高校に行っても部活は入らなかったが、佐知子は中学からやっているテニス部へ入った、健太はアニメ研究部に入り、花はバスケ部に入った。



それもあってか、この頃の俺は一人でいる事が多くなっていた。



この頃の俺にとっては、その方が逆に良かった、人と付き合うのが億劫になっていたからだ。



高校一年の冬、世の中はクリスマスイブの日、夜いつものように佐知子が部活帰りに夕食を作りに来た。



夕食を食べ終わり、いつものように佐知子を家まで送りに行こうとしていたら佐知子が舞に「今日は隆ちゃんと話しがあるから、舞は家で待ってて」と言った。



舞は、怪訝な顔をしたが「うん、分かった」と答えた。



俺も、何の話しか分からず「ほな行こうか」と言って家を出た。



家を出て歩いていると、佐知子の家に向かう途中にある人気の無い公園で話そうと言って来た。



俺は「おぅ」と言って公園に入って行き、公園のベンチに腰をかけた。



佐知子も俺の横に座り、話し出した。


「今日は寒いな」


「めっきり寒くなってきたな、んでさっき言ってた話しってなんや?」


「うん、今日何の日か知ってる?」


「クリスマスイブ?やろ?」


「あはは、さすがに隆ちゃんでもしってたか」


「あぁ、そらさすがにな」


「なぁ、隆ちゃん?」


「ん?」


「まだ美幸のこと好きなん?」



俺の心臓が「ドクン」と鳴った。



そして心が痛んだ。


「やろうな、自分自身でもびっくりするくらいやけど……好きなんやろうな」


「やっぱり、そうか…」


「佐知子は……」


「ウチは、まだ隆ちゃんの事好きやで」


「うん、なんて言うたらええか分からんけど、ありがとうな」


「んーん……ウチ………」


「うん……」


「ウチ、美幸の代わりにはならへん?」


「えっ?」


「隆ちゃん、美幸の代わりでもええから、ウチやったらあかん?」


「今の俺のどこがええん?」


「全部!隆ちゃんの全部が好き!笑ってる隆ちゃんも、困ってる隆ちゃんも、落ち込んでる隆ちゃんも、美幸の事を忘れられへん隆ちゃんかってウチは隆ちゃんが好きなん」


「俺は、佐知子が初めて俺の事好きやて言うた時はびっくりしたし戸惑ったけど、最初は分からんかったけど嬉しかった、今もそう言われて嬉しい……けど………女々しいかもしれんけど俺は田中が好きや、ほんで佐知子も俺には大事な人や、代わりとか……そんな風には出来ひん………」


「………」



佐知子の目から涙が流れた。


「俺……ほんまに最悪やな………」


「そんな事ない……そんな隆ちゃんを好きになったんやもんウチ」


「ほんまに、ごめんな佐知子」


「んーん、ウチまたフラれた、あはは」


「………」



俺は、何て言えば良いのか分からなかった。


「ごめんね隆ちゃん、でもこれでウチの話しは終わり!」


「あぁ……ごめ」


「隆ちゃん、今日はここでええから!ウチ帰るわ」



俺の言葉に被せるように佐知子は言って走り出した。



そのまま佐知子は、帰って行った。



俺は、その場から動けずに涙が溢れ出した。



嗚咽を出し、しばらく動けずにいた。



一番辛いのは、佐知子だと言う事は分かっている。



それを考えると、胸が苦しくなり心が痛んだ、だがどうしても佐知子を田中の代わりとして付き合う事は出来なかった。



佐知子は、それでもいいとは言っていたが、そんな失礼な事は俺には絶対に出来ない。



田中が居なくなった時のような、複雑で苦しい気持ちに、これが失恋というやつなのかと思ったが、実際に失恋したのは佐知子の方だ。



今まで、佐知子には色んな意味で助けてもらったが、今俺が佐知子に何もやってやれないという悲しさと、自分自身への腹立たしさで満たされた。



頬を伝う涙が、太もものジーンズに落ちる。



子供の頃の佐知子との思い出が脳裏に映し出された。



子供の時は、いつも俺に引っ付いて来てた事、喧嘩した時はいつも決まって佐知子が先に謝ってきた事、色んな事を思い出した。



物心付いた時から俺と佐知子はずっと一緒に育って、一緒に笑って、一緒に感動して、一緒に怒って、一緒にいた。



ここまで俺と佐知子の人生の道は同じだったが、ここが俺と佐知子の人生の道の分岐点になるだろう。



これからは、違う道を歩んで行くんだと感じた。



居なくなった田中の事を、忘れられない俺みたいな女々しい奴なんかよりも、佐知子にはもっと良い人がいるはずだ。



佐知子はモテるんだから、俺みたいなのと一緒にいる事はない。



この時の俺は、そんな事を思っていた。



涙が止まって、公園のベンチから立ち上がり重い足取りで家に着いた。


舞「おかえりー遅かったね」


俺「あぁ、ごめんな待たして」


舞「うん、さっちゃんの話しって何やったん?」



舞も小学校6年だ、いつか言わなければならない、だから今すべてを話す事にした。



俺「舞……」



俺は、キッチンにあるテーブルの椅子に座った。



舞は、ソファーの背もたれに肘を乗せてこっちを見て言った「ん?どうしたん?」


「ちょっとこっちに来て聞いてくれ」


「うん」



舞がソファーから立ち上がって、キッチンの椅子に座る。


「さっちゃんと喧嘩でもしたん?」


「その方が、まだマシやな」


「えぇ?お兄ちゃん何したん?」


「何したとかや無いんやけど、さっき佐知子に告白された」


「えぇっ!?お兄ちゃん良かったやん!」


「……いや、あのな………」


「さっちゃん、お兄ちゃんの彼女になるんやろ?」


「いや、ならへん……」


「何で!?もしかして、お兄ちゃん断ったん!?」


「うん…」


「はぁ?何で?意味分からん!」


「俺はな、田中が好きなんや……だから」



「バンッ!!」


舞が両手でテーブルを思い切り叩いた。


「美幸ちゃんおらへんやん、みんなに一言も何も言わんと引っ越ししたんやで!」


「あぁ」


「何でそんな人を好きでいれるん?意味分からん!」


「何か俺らに言われへん理由があったかもしれやろ?」


「だからって、何処にいるかも分からへんねやろ!?」


「そやけど、好きやねんからどうしようもないやろ」


「好きや言うても、どうにもならへんやん!」


「どうにもならへんかもしれんけど、忘れられへんのやししょうがないやろ」



舞は、珍しくかなり興奮している、いやここまで怒るのは初めて見た。


「しょうがない事ないわ!さっちゃんと付き合ったら、美幸ちゃんの事忘れられたんちゃうん!?」


「そんな無茶苦茶な事言うな、田中に気持ちあんのに佐知子と付き合って、傷つくのは佐知子やぞ?」


「さっちゃんと、これからどうなるんよ!?」


「たぶん……明日から、ここに来うへんかもしれん……」


「さっちゃん……さっちゃん………」


「……………」


「うぅぅぅ………えぇっぐえぇっ………」


舞が、声をあげて泣き出した。


「舞、ごめんな……」


俺は、佐知子を悲しませるか傷をつけるかの、どちらかを選ばなければならない状況で、悲しませる方を取ったつもりだった。


それで、佐知子に嫌われる結果になるかもしれない、だが佐知子を傷つける訳にはいかない。


「うぅぅぅ……さっちゃん……さっちゃん…」



俺は、選択肢を間違えたのかもしれないと思った。



結局、舞まで悲しませる事になったからだ。


「舞…」


「もう…さっちゃん来うへんかな?」


「分からんけどその時は、たまに佐知子の所に遊びに行ってこい」


「それはええんやけど……お兄ちゃんとさっちゃんは、もう今までみたいに遊んだりせぇへんの?」


「俺は……ええけど、たぶん佐知子は……」



こうなってしまった今は、どうする事も出来ないが、少し前まではみんながバラバラになるのが嫌だった。



だが今は、田中姉妹はいなくなり佐知子ともこの先どうなるかわからない、俺が一番恐れていた結果になってしまった。


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