約束
キコキコと車椅子の音。

「ほれ、さっさと撮るぞ」

ふてぶてしさを感じるしゃがれた声。甘い空想をぶち壊すおじいちゃんの登場。

「はーい。じゃあ行こうか」

彼の首に手を回すと、力強い腕で抱き上げてくれる。おじいちゃんも黒いカメラの紐を首にかけた。そして、不安定に揺れながら車椅子ごと浮かび上がる。慣れたもので、同時に月へ飛んでいく。
車椅子のおじいちゃんと黒い彼が空を飛んでいる、なんとも奇妙な光景だ。
 近すぎず遠すぎず、私の好きな距離。空の上で撮ると、とても美しい写真になる。あっちの世界でその景色を描くと彼はいつも褒めてくれた。

「この辺りでいいかい?」

「うん。おじいちゃん撮って」

お姫様抱っこのまま月を背景に微笑む。真っ暗なわけじゃない全体的に青く輝く幻想的な夜空。白い光の群れ。カシャリと響く音。
完璧だと思う。足りないものはなに一つないと。

「ねぇ、うーってやって」

口を突き出して、横目でカメラを見る可愛らしい表情。彼はこの顔が似合う。
わたしも一緒に口を尖らせ横目でカメラを睨む。

「肩車してあげようか?」

「してして!」

ちょっと幻想的な雰囲気ではなくなるけど、肩車は楽しいから好き。なぜだか彼も嬉しそうに笑うんだ。
腕から離れ、浮かび上がる。そして彼の肩に座った。スカートが捲れてしまうけど、気にする人はいない。しっかりと足を持ち落ちないようにすると、くるくると彼が回りだす。きらきらと世界も回る。
なんとなくおかしくなって両腕を広げて笑う。パシャパシャと鳴る音と瞬くフラッシュの中で気分が高揚していく。
今この世界では私が一番。
みんなに愛されている。
手に入らないものなんて何もない。
この世界では全部わたしのもの。

――この世界では。

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