小指も抱けない彼女
(六)
結局のところ、カメラを買うことにした。
会社にいる俺が瞬時に彼女の危険に駆けつけられるわけがないが、ないよりはいい。
彼女を見れるとあっては仕事が手に着かない件も、彼女に何かあったらと見えないことで焦燥するのであっては同じこと。
現に、まだカメラをつけていない今、俺は不安でしかなかった。
小さなミスを何度したことか。買うかどうか迷っていたのも、この結果で判断した。
後は帰るのみ。帰って聖にカメラの設置場所を決めてもらい、そこに取り付け、明日からは聖の安全をーーなどと、考えていた退社一時間前のこと。着信があった。
てっきり、聖かと思えば、別の人物。
『聖の母』
こんな登録名を彼女に見られ、『なんかどこかの宗教団体みたい!』と笑っていたのは記憶に新しい。
彼女の母と食事をした際に、何かあったらと連絡先を交換していたが、かかってくることなんかなかったのに。
席を立ち、人目がない廊下で電話をかけ直す。
「もしもし、夜鞠です。着信があったのですが」
『ごめんなさいねー、日暮さん。お仕事中だったかしらー』
俺の姓を言う、間延びした高い声。おっとりとした母らしい口調が耳によく通る。
「いえ、聖のことですか?」
それ以外に用件などないだろう。手短に済ませたいがため、話を進める。
「聖なら、元気ですよ。特に変わりなくやっていますし、俺がついているので大丈夫です」
小さくなったと言ったところで信じてはもらえない。聖以外の奴に嘘をつくのは容易く、騙しやすい。
『なら、いいんだけどー』
「何か?」
言いたいことがあるならば、はっきり言ってほしいものだ。彼女は俺がついているから大丈夫以外でも、安心させる言葉は用意してあるというのに。
『ねえ、日暮さん。あの子と、何かあったのかしらー?』
「質問の意味が分からないのですが」
何をどうしてそう思ったのか前提なしの直球では、会話のキャッチボールにはならない。ただ、歯切れ悪そうに口ごもる辺り、こちらに遠慮しているとも察せる。
『んんーと、あのねー。あの子から、お昼に電話があってねー。私もスーパーの仕事中だったから、あんまり話せなかったんだけど』
「ーー」
何かが、瓦解する音が聞こえた。
『最初は日暮さんに良くしてもらってるって、楽しそうに話していたんだけど、途中から、その、泣き始めて……。お母さんお母さんって、子供みたく泣くから、訳を聞こうとしたんだけど、大丈夫、平気の一点張りで。あの子、小さいときから何かあると、強がって、自分で何とかしようとする子で、たまーに無理するからーーって、いやね、日暮さんに話すことじゃないわね。
ごめんなさいね。あの子も大人で、あなたみたいな良い人がいるんだもの、私の出る幕じゃないのだけど……えっと、やっぱり気になっちゃうのよねー』
一字一句が金槌。頭に振り下ろされている気分だ。
この嫌な声を消すには通話を終了すればいいというのに、ここで会話を止めれば、最悪の事態になると理性が働く。