その手に夫はキスを落とす

運命の出会い(仮)


*前ページから7年前。ディラン視点です。




「父様は、どこで母様と出会ったの?」


五つになるそう娘に尋ねられて、俺はむっつりと黙り込んだ。
横で寝ているサラ様に助けを求めて視線を向けるが、生まれたばかりの息子をあやしながら俺の視線に気づかないふりを決め込んでいた。それでも彼女の口元はにやけているのだから恨めしい。


「ええと……」


頭をフル回転させて、どうすれば逃げられるかを考えるけれど、娘の瞳があまりにもキラキラしていて逃げられないことを知る。


昔、サラ様と相談して、子供たちには母親が王族の出身であるということは隠すことにしていた。言って王族に戻れるわけでもないし、子供たちはそれこそ庶民として生きていくのだから、この出自を知ることは足枷にしかならないと判断したのだ。


「……父様は、母様に一目惚れしたんだ」


なんとか紡ぎだしたなけなしの嘘に、サラ様が小さく吹き出したのが分かった。
つい睨むと、ごめんと口をパクパクさせて声には出さずに謝られた。


「どこで?」


娘の追及は止まない。
小さな愛らしい天使も、今はちょっとした悪魔に見える。


「……。……パン屋」


たっぷりの沈黙の後でそう答えると、サラ様がさっきより盛大に吹き出した。
もうやけっぱちになった俺は、嘘をつく機械のように言葉を吐き出した。


「あの日は、日差しの柔らかい春でね。街の巡回の途中に立ち寄ったのが母様の働いていたパン屋だった。そこでパンを売る母様に一目で恋に落ちたんだ、なんて綺麗なひとだろうってね。そうして声をかけたら、母様なんて言ったと思う?」


「なんて言ったのー?」



そこでごほんと咳払いする。
サラ様を見ると、こちらも目をキラキラさせて続きを促している。
けれど口元がプルプルと震えていて、笑いを堪えているとしか思えない。


「母様はこう言ったんだ。『私はもっと前から貴方を知っていました、ずっと貴方のことをお慕いして――』」


「違うわ」


ばっさりと横槍が入る。
さっきまでの輝かんばかりの瞳はどこへやら。
いまや死んだ魚のような目でこちらを見つめている。


「じゃあ、なんて言ったの?」


娘の問いに、こほんと咳払いしてサラ様は口を開いた。


「『仕方ない人ね。付き合ってあげてもいいわ、ただし、一年間ずっとパン屋に通い続けられるのならね』――そう言って、ディランはわたくしに会うためにパン屋に通い続けて、わたくしはパン屋の売り上げナンバーワンの売り子となって名を馳せ――」


「馬鹿ですか貴女。一年も待ってられるわけないでしょう、結婚は告白の次の日です」


「それだって無理があるわよ馬鹿じゃないの」


「じゃあせめて告白したのは我が君からってことにしましょう」


「なにが”せめて”なのよ、意味が分からないわ」


「ねえ、結局どうなったのー?」


娘の声に二人でぴたりと視線を交差させた。娘の理解できない、という不機嫌そう顔はなんだか昔の妻を見ているようで、愛おしさに目を細めた。


「……結局いま、幸せに暮らしましたとさ」


「めでたしめでたし、だわね」


そう言って、笑い合った。
この幸せを手に入れられたことが、何よりの喜びだと、そう思った。


end.

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