異世界で家庭菜園やってみた
「なんだ、居たのか」

少し疲れを帯びた声が掛けられた

顔を上げると、顔の汗を拭きながら、マリュエルが土間の端に立っていた。

艶やかな黒髪も、汗に湿り、いっそう艶かしく彼女の美しい顔を縁取っていた。

「はい。待ってました」

「……ふん。それで?貴様の本気を見せてくれるのか?」

「はい。これです」

悠里は今まで眺めていた絵図を、マリュエルに差し出した。

「あの。お茶か何か淹れましょうか?」

「かまうな」

マリュエルは絵図を見たまま短く答える。

「これは……たくさんの人が畑仕事をしている絵か?」

「はい。わたしだけではなく、ディントの人たちが皆、鍬で畑を作り、野菜を育てる。収穫した野菜を、皆が同じ物を同じだけ食べられる。わたし、ディントをそんな国にしたいと思うんです」

「理想論、か……。私は貴様の夢を語れと言ったんじゃない。本気を見せろと言ったんだぞ」

大きな目に睨まれ、悠里は一瞬怯みそうになってしまった。

けれど、ここで負けたらおしまいだ。

悠里は弱気な自分を振り払うように、プルプルと頭を振ると、マリュエルを睨み返した。

「それが、わたしの本気です。ずっと、ずっと、いろんな事を中途半端なままに終わらせてきた、わたしの本気なんです。志望動機もあやふやな高校に進学したり、好きな人に告白もしないまま振られちゃったり、親友に自分の気持ちをぶつけられなかったり……。
そんな中途半端な自分でも、何か一つでもやり通せることがあるなら、それは野菜を育てること。鍬はその足がかりなんですよ。鍬で土を耕して、畝を作って、種を蒔いて、水をやって。それから芽が出て、ぐんぐん大きくなっていくんです。収穫が出来るようになるくらいまでは、雑草を抜いたり、間引いたり、放ったらかしにはしておけない。いろんなお世話をしなくちゃいけないんです。
そうやってお世話をして収穫した時には、それはもう嬉しいんです。美味しい野菜を家族が喜んで食べてくれたら、また来年も育てよう。暑かったり寒かったり大変だけど、また美味しいって言ってもらえるように頑張ろうって思う。
そんな喜びを、ディントの人にも知ってほしい。自分で一から野菜を育ててほしい。何もない荒れ地を緑でいっぱいにしてほしいんですよ。
そのために、鍬をたくさん注文させてくれませんか?マリュエルさん。
もちろん長期的な取引をお願いしたいです。それから、鍬だけではなくて、いろいろな農機具も作ってもらいたいんです。今は柄杓で水を撒いてる感じだけど、ジョーロがあれば、水遣りももっとやりやすくなると思う」

「まるで、もう契約が決まったみたいな言い方だな」

「え?あ……すみません……」

「長々と喋った割に要領を得なかったが……。まあ、いい。要するに、貴様はディントの国民に畑仕事ををやらせたいと。そういう事なんだな」

「そ、その通りです!もちろん、わたしのストレス解消の為でもあるんですけど」

「……ふん」

マリュエルは鼻を鳴らすと、もう一度絵図に目を移した。
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